旭川地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決 1994年4月26日
原告 川上幸男 外七名
被告 幌延町長 外一名
主文
一 原告らの本訴請求のうち、被告幌延町長に対する補助金交付決定取消請求にかかる訴えを却下する。
二 原告らの被告幌延町長に対するその余の請求及び被告上山利勝に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告幌延町長が、平成元年一一月一三日、平成元年度幌延町一般会計補正予算の執行としてした貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会に対する活動事業費補助金三三〇万円の交付決定を取り消す。
二 被告幌延町長は、貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会に対し、幌延町貯蔵工学センター立地推進活動事業費補助金交付要綱に基づく補助金の交付決定及びこれに基づく補助金の支出命令を発してはならない。
三 被告上山利勝は、幌延町に対し、三三〇万円及びこれに対する平成元年一一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、いずれも北海道留萌支庁管内の幌延町の住民である原告らが、被告幌延町長において、平成元年一一月に行った、同町及び同町周辺の宗谷支庁稚内市、同中頓別町、同浜頓別町、同豊富町、同猿払村、留萌支庁天塩町及び上川支庁中川町の各議会議員で、かつ、動力炉・核燃料開発事業団(以下「動燃」という。)が、その建設を計画している高レベル核廃棄物の貯蔵施設を中心とした貯蔵工学センター(以下「工学センター」という。)を幌延町内へ誘致することについて賛成の立場に立つ者のみで構成されている貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会(以下「議員協」という。)に対する三三〇万円の補助金交付決定は、地方自治法二三二条の二、二〇四条の二に違反する違法なものであり、右交付決定時に被告幌延町長の立場にあった被告上山利勝(以下被告幌延町長と被告上山利勝が同一の立場を意味する場合には、「被告上山町長」という。)は、違法な補助金交付決定をしてはならない注意義務があるのにこれを怠り、右交付決定をし、その結果、右交付決定に基づき三三〇万円が議員協に交付されたことにより、同額の損害を同町に対して与えたとして、被告幌延町長に対して地方自治法二四二条の二第一項二号に基づき右交付決定の取消しを求めるとともに、被告上山に対して、同項四号に基づき同町に代位して三三〇万円の損害賠償を求め、更に、被告幌延町長は、将来においても議員協に対して同様の違法な補助金交付決定を反復する蓋然性があり、仮にこのような補助金交付決定が反復してなされれば、同町に回復困難な損害を生ずるおそれがあるとして、被告幌延町長に対し、同項一号に基づき、議員協に対する補助金交付決定の差止めを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者について
(一) 原告らは、いずれも幌延町内に住所を有する同町の住民である(争いのない事実)。
(二) 被告幌延町長は、普通地方公共団体である幌延町の執行機関であり、被告上山利勝は、昭和六一年一二月以降現在に至るまで、被告幌延町長の職にあるものである。
被告上山利勝は、被告幌延町長の職に在任中、幌延町の公金を補助金として交付する決定をし、また、右決定に基づく支出命令を発するに際し、同町に対して、地方自治法その他の財務会計を規律する法令にしたがってこれをなすべき善管注意義務を負っている(争いのない事実)。
(三) 議員協は、平成元年一〇月二一日に設立された法人格なき社団であるが、北海道のいわゆる道北地方に存する一市七町村(前記稚内市、天塩町、中川町、中頓別町、浜頓別町、猿払村、豊富町及び幌延町をいう。以下、これらの市町村を、「周辺市町村」(幌延町を除く。)、「一市七町村」、「八市町村」(いずれも幌延町を含む。)ということがある。)の各市町村議会の議員で、かつ、工学センターの立地推進を図ろうとする者のみで構成されている。
右構成員の内訳は、幌延町議会議員一三名、天塩町議会議員一〇名、豊富町議会議員九名、中頓別町議会議員八名、浜頓別町議会議員六名、猿払村議会議員五名、中川町議会議員五名、稚内市議会議員七名の合計六三名である(争いのない事実)。
2 補助金交付に至る経緯等について
(一) 被告上山町長は、平成元年九月一九日、平成元年第七回幌延町定例議会において、当時未だ設立されていなかった「議員協」に対し、幌延町が三三〇万円の補助金を交付することを内容として含む平成元年度幌延町一般会計補正予算案を提出し、同日、幌延町議会は右補正予算案を議決した(争いのない事実)(以下「本件議決」という。)。
(二) 補助金交付要綱の作成
平成元年一〇月二一日から同年一一月九日までの間、被告上山町長は、「幌延町貯蔵工学センター立地推進活動事業費補助金交付要綱」(以下「補助金交付要綱」という。)を作成した。
これによれば、補助対象者は議員協のみで、また、補助金交付の目的は、幌延町と周辺市町村が協力し、工学センターの立地推進を図ることにあり、補助金の申請から交付決定に至る手続としては、議員協が被告幌延町長に対し、補助金交付申請書に事業計画書及び収支予算書を添えて提出し、被告幌延町長がこれを審査した上、補助金を交付すべきと認めたときは、その交付を決定をするものとされ、また、補助金の額は予算の範囲内で被告幌延町長が定めるとされている。
(争いのない事実、甲二、乙一三の1ないし4)
3 本件補助金交付決定及び補助金の交付
(一) 平成元年一一月九日、議員協は、補助金交付要綱に従い、被告上山町長に対し、前記所定の書類である「平成元年度補助金等交付申請書」及び「事業計画書」を添えて、三三〇万円の補助金の交付を申請した(争いのない事実、乙一四の1・2)。
(二) これを受け、被告上山町長は、同日、三三〇万円全額の補助金交付決定をした(乙一五)(以下「本件補助金交付決定」という。)。
そこで、議員協は、同月一〇日、本件補助金交付決定に基づき、被告上山町長に対し、総会諸費用、要請行動費、要請書印刷代等の支払いのため、二〇〇万円の概算払いの申請をし、被告上山町長は、右同額の支出命令を発し、その結果、同月一三日、二〇〇万円が幌延町の公金から議員協に対して支出された(以下、右支出にかかる補助金を「本件補助金」と、また、このような本件の補助金交付の手続全体を「本件補助金交付」という。)(乙一六の1、2、一七、一八)。
なお、この点、原告らは、被告町長において、平成元年一〇年二一日、「議員協」の世話人会に対し、仮払名下に五五万円を支払い、その後、同年一一月一三日、議員協に対し、三三〇万円から五五万円を控除した二七五万円の交付決定をし、その結果、同額の金員が同町の公金から支払われた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 議員協は、平成二年三月二三日、被告上山町長に対し、補助金申請額を一三八万四〇〇七円に変更する旨の平成元年度補助金等変更承認申請書を提出した。
これを受けて、被告上山町長は、右同日、右申請通り補助金交付額を一三八万四〇〇七円に変更する旨決定した上、同月三一日、前記(二)記載の補助金概算払額二〇〇万円のうち六一万五九九三円の返還命令を発したところ、議員協は、同日ころ、右同額を同町に対して返還した(乙一九の1、2、二〇ないし二二)。
4 監査請求等
原告らは、平成元年一一月一四日、幌延町監査委員に対し、本件補助金交付に関する監査を請求し、必要な措置を求めたが、同監査委員は、同年一二月一五日、原告らに対し、右監査請求は理由がない旨の監査結果を通知した(争いのない事実)。
そこで、原告らは、平成二年一月一二日、本訴を提起した(顕著な事実)。
二 争点
1 本件補助金交付決定が抗告訴訟の対象となるか否か(請求の第一項について)。
2 本件補助金交付決定が違法か否か(請求の全部について)。
この点についての原告ら及び被告らの主張は以下のとおりである。
(原告らの主張)
被告幌延町長が、補助金交付要綱に基づき補助金交付決定をするに際し、また、幌延町議会が予算を議決するに際しては、いずれも地方自治法(以下「地自法」という。)二三二条の二、二〇四条の二の規定を遵守すべきところ、議員協に対する補助金支出を内容とする被告上山町長がした本件補助金交付決定及び平成元年度補正予算を議決した幌延町議会による本件議決は、いずれも右各条項に違反して違法であり、したがって、本件補助金交付決定は、それ自体として違法性を有し、また、違法な本件議決の予算執行行為としてなされたものであるから違法である。
その理由は以下に述べるとおりである。
(一) 本件議決及び本件補助金交付決定が地自法二三二条の二に違反することについて
(1) 同条は、普通地方公共団体(以下「地方公共団体」という。)は公益上必要がある場合に補助をなし得る旨規定し、地方公共団体が補助金を交付し得べき場合を限定しているが、このような限定が付された趣旨は、補助金は対価性を持たない支出(贈与)であり、これが濫発されると自治体の財政基盤を危うくするのみならず、補助金により特定の個人や団体のみが利益を得て、地方公共団体内の住民相互の間での公平を害するおそれがあり、また、補助金のこのような機能のゆえに、利権に結びついたり、与党の強化、反対派の慰撫買収等といった地方公共団体の首長や議会与党の政治的目的に活用されやすいことなど種々の弊害を防止することにある。
同条の趣旨を、右のように補助金交付の限界を画する規制の要件を定めたものであると解するならば、同条所定の「公益上必要」(以下、「公益上の必要性」という。)の意味内容は、行政上の政策の当否を超えたより客観的普遍的なものでなければならず、したがって、公益上の必要性とは、その補助金が交付されることにより、当該地方公共団体の住民一般の利益に、直接的かつ具体的につながる場合を意味し、かつ、客観的に認められるものでなければならない。
もっとも、公益上の必要性は、一般的抽象的にその内容を確定し得るものではないから、右の公益上の必要性の有無を判断するに当たっては、個々の具体的事案に即して、当該補助金の交付について、憲法や地自法の趣旨への適合性のほか、補助金を交付する側の事情として、補助金支出の目的及び趣旨の公益性並びに当該地方公共団体の財政上の余裕の程度、補助金を受ける側の事情として、被補助団体の目的の公益性、右目的の重要性及び緊急性、被補助団体の構成員、資産、財政並びに過去の公益活動及び将来の公益活動計画の内容並びに補助金交付の目的外用途への流用の危険性の有無、更には、補助金交付のもたらす効果ないし危険性に関する事情として、補助金交付による被補助目的の実現への妥当性、有効性、公正又は公平といった行政目的や行政全体の均衡に対する阻害の危険性等の諸事情を、手続的側面及び実体的側面から総合的に考慮して判断すべきである。
(2) 本件議決が手続的側面から地自法二三二条の二に違反し、本件補助金交付決定がその違法性を承継していることについて
地方公共団体が行う補助金交付に公益上の必要があるか否かは、補助金の受交付者が個人であれ法人であれ、既に存在していることが前提である。けだし、未だ存在していなければ、その者の活動が公益上必要があるかどうか判断できないからである。
しかるに、幌延町議会が本件議決をした平成元年九月一九日当時、補助金交付の対象たる「議員協」は、前記のとおり、未だ設立されるに至っておらず、したがって、同町議会が補助金交付の公益上の必要性を判定するために考慮すべき憲法及び地自法への適合性、組織目的、構成員、活動状況、過去における公益活動の実績等の前記(1)記載の諸要素を全て欠いていたから、同町議会による本件議決は、同条の公益上の必要性の有無を判断してなされたものではないことは明らかである。
してみると、議決当時不存在の「議員協」に対する補助金支出を内容とする補正予算の議決は、同条に違反して違法であり、その結果、その予算執行行為として被告上山町長がなした本件補助金決定も違法である。
(3) 本件補助金交付決定自体が実体的側面から地自法二三二条の二に違反することについて(なお、原告らの主張に照らすと、原告らは、本件補助金交付決定自体が違法であると主張する理由と全く同一の理由により本件議決が同条に違反して違法である旨及び本件補助金交付決定は本件議決の予算執行行為であり本件議決の違法性を承継している旨の主張をもしているものと善解し得るところ、結局、仮に原告らの主張する違法性が認められれば、本件補助金交付決定がそれ自体として違法であり、仮に右違法性が認められなければ、本件補助金交付決定はそれ自体として、又は、適法な本件議決の予算執行行為として、いずれにせよ適法ということに帰着するから、以下、本件補助金交付決定自体の違法性についてのみ判断の対象とすることとする。)。
ア 本件補助金交付決定が、憲法及び地自法の趣旨に違反するがゆえに公益上の必要性を欠くものであることについて
い 本件補助金交付決定が、憲法及び地自法の趣旨に適合しているか否かについての判断に当たっては、憲法の定める諸原則、すなわち、住民自治(同法九二条、九三条)、宗教上の組織等に対する公金等の支出制限(同法八九条)、政治的活動の自由(同法二一条)等との関係が重要であって、このような憲法上の原則、趣旨に抵触する疑いのある補助金の交付は、その一事をもってしても、公益上の必要性が認められないというべきである。
とりわけ、憲法及び地自法は、いわゆる議会制民主主義を基本とする民主制をその基本原理としているところ、民主制とは、国民又は住民の政治的自治又は自律を認める原理である。これを地方自治についてみれば、憲法上、地方公共団体には、団体自治及び住民自治が保障され(九二条)、このような地方自治を実現するため、地方公共団体には議会を設置し、地方公共団体の長、議会の議員等は、その地方公共団体の住民が直接選挙すること(九三条)などが定められている。したがって、憲法上、地方公共団体においても、国におけると同様、議会制民主主義に基づいて、地方公共団体の意思形成を図る仕組みになっており、かかる議会制民主主義が十分に機能することが、地方自治の重要な前提であり、これに加えて、地方自治法上、地方自治においては、リコール等の直接民主主義の理念も取り入れられ、住民の意思を行政に反映するための民主制の理念及びこれを実現するための手続は国よりも徹底している。このような議会制民主主義及び直接民主主義の理念に基づく諸制度により、住民の意思が形成され、国民ないし住民の自治ないし自律が達成されるのである。地方公共団体の行政は、このように、民主制の理念に基づき、住民の意思が民主的に反映されることによって成り立つものである以上、行政の活動により、住民による民主的な意思形成が妨げられることがあってはならないことが制度的に要請されるのである。
この点をより敷衍するならば、民主制は、住民間に異なる意見が存在していることを前提にし、個人や政党等の種々の団体が、異なる立場から互いに競い合い、自由な表現や政治活動を行い、これを通して住民が様々な意見を知り、検証し、討論を経て、地方公共団体の首長や議員を選挙により選出し、選挙で多数を獲得したものに政治を行わしめ、選ばれた者による政治に対する批判は、次の選挙における投票行為や、解散あるいは解職の請求等によって果たされる、という構造にその本質がある。したがって、民主制すなわち国民又は住民による自治ないし自律は、国民又は住民が、公的な問題を討論し得るべく、種々の立場や意見が、公平な競争のもとで住民の前に提示され、また、国民又は住民に対し、話す自由、聞く自由、知る自由、反対する自由、批判する自由等が名実ともに保障された自由な言論の市場の存在を必須の前提とする。この言論の市場において、異なる意見が言論の市場において競い合い、住民の意思が形成されるというのが民主制(自治ないし自律)の本質的内容というべきである。したがって、この言論の自由市場に公権力が介入し、一方の意見に肩入れし、これを育成強化するような行為をなすことは、意見の自由公正な競争を妨げ、住民の意思形成を歪める結果を引き起こすのであり、前記の民主制の本質的前提を失わしめるものであるから、このようなことは民主制の原理に照らして到底許されるものではない。
ろ これを本件についてみるに、本件補助金の交付は、以下に述べるとおり、意見の自由市場に対する公権力の介入であり、右に述べた憲法及び地自法が宣明する民主制の原理に反して許されないことは明らかである。すなわち、
a 幌延町への工学センターの設置ないしは誘致の計画に対しては、幌延町内、周辺市町村及び北海道内の地方公共団体、北海道、国のそれぞれのレベルにおいて、様々な意見が対立しているところであり、幌延町内における町長選挙の結果をみても、昭和五七年の選挙では、幌延町への工学センター誘致についての推進候補の得票率が六五パーセントであるのに対し、反対候補のそれは三四パーセント、昭和六一年の選挙では、推進候補の得票率七三パーセントに対し、反対候補のそれは二七パーセント、平成二年の選挙においては、推進候補の得票率は五三パーセント、慎重候補のそれは四二パーセント、反対候補のそれは四パーセント(慎重反対合計で四七パーセント)と、必ずしも幌延町の住民の意思は、工学センター誘致について賛成一色というわけではない。いいかえると、幌延町の住民は、工学センターの誘致の当否について、更に議論を深めることを望んでおり、工学センターの安全性に不安を感じていることは明らかである。したがって、かかる状況において、幌延町としては、工学センターの安全性について、種々の意見や情報を提供することにより、言論の自由な競争の中で、民意を形成するような政策や措置を採らなければならないにもかかわらず、被告上山町長及び幌延町議会は、これに反し、議員協という幌延町への工学センター誘致を推進する立場の団体のみに補助金を支出し、ないしは支出を認める議決をしたのである。
b しかも、議員協は、北海道議会及び隣接市町村議会において、幌延町への工学センターの設置ないしは誘致に対する反対決議が相次ぎ、「地元と北海道」の理解と協力を得て右施設の設置の推進を図るとする国の政策のもとでは、右施設の設置ないしは誘致の計画の推進が、極めて困難な状態に陥っている段階において、その困難を打破するべく設立された団体であって、その打破の方法たるや、主として周辺市町村の議会において右施設の誘致に賛成する議員を過半数としてその旨の議決を獲得することを中心とした、工学センター誘致推進との世論の形成、すなわち民意の形成を図るものである。
かかる議員協の性格は、議員協が設立された経緯をみれば明らかとなる。すなわち、もともと原子力関連施設の立地に関する国の従来の方針は、地元に推進と反対の双方の立場の対立が発生することから、立地場所の地元の理解と協力を得ながら、換言すれば民意の集約を待って実施するというものであり、工学センターのような高レベル核廃棄物施設の立地処分についても、昭和六二年六月二二日に原子力委員会によって決定された「原子力開発利用長期計画」によれば、処分予定地の選定については「地元の理解と協力を得て慎重に行う」とされている。幌延町に立地が予定された工学センター計画についても、誘致推進と反対の対立が発生したが、右に述べた国の政策方針とも呼応して、北海道政レベルはもとより、幌延町の周辺市町村の他、北海道全域の各地方公共団体においても重要な政治的テーマとなり、特に、昭和六三年六月一四日に閣議決定された「第五期北海道総合開発計画」においては、審議会への諮問の段階から、北海道と北海道開発庁との意見が対立する状況であったものの、結局、「地元及び北海道の理解と協力を得て、その推進を図る」という方針が示された。これにより、国の工学センター立地に関する方針は、幌延町の意向だけではなく、北海道全体の民意と周辺市町村の民意が誘致に向けて集約されることを計画実施の条件とされるに至り、その結果、北海道議会や周辺市町村議会では、幌延町への工学センター立地に対して推進と反対のいずれの決議をするかを巡って、激しい対立が生じ、右対立の状況は、誘致決議をした北海道議会や豊富町議会が一転して反対決議をしたように、正に世論を二分する激しいものであった。このことは、議員協がいわゆる道北地方の一市七町村の立地推進を図ろうとする市町村議員のみの六三名によって構成されているのに対し、右一市七町村の議員定数合計は一二八であることからも容易に理解できるところである。このような対立の中で、北海道や周辺市町村レベルでの誘致反対の民意形成が進み、幌延町としては被告幌延町長と同町議会が一致して工学センター誘致推進政策を採っていたものの、北海道と周辺市町村の反対が障害となって、幌延町の意向のみでは右政策が遂行できないという状況にあったため、かかる閉塞状況の打破を図るために、議員協は、推進派議員を結集拡大させ、幌延町の周辺市町村議会議員の活動を通して、周辺の各地方公共団体の民意を誘致推進に向かわせることを主たる目的として設立されたのである。
また、議員協の規約上、その目的が「工学センターの早期実現を推進し、これに関連して各市町村の活性化を図ること」とされ、その事業として、「工学センターの誘致促進と関係市町村の理解と協力を得るための運動展開」が挙げられているが、これらの事実は、幌延町民はもとより周辺市町村、更には北海道全体のレベルで、工学センター立地問題に関して賛否の意見対立が極端に存在する中で、誘致推進との民意の形成を目的とする団体であることを如実に示している。
c 更に、右の如き目的をもって設立された議員協が、政治的団体としての性格を併せ有するものであることも明らかである。
ここでいう政治的団体とは、国民や地方公共団体の住民の間で意見の対立のある国や地方公共団体の政策上の問題について、一方の見解や政策を推進若しくは支持し、若しくはこれに反対することを本来の目的とし、又はその主たる活動として、組織的かつ継続的に行う団体を意味すると解すべきであり、議員協の目的や活動内容、設立に至る経緯等は前記bに記載のとおりであるところ、工学センターの幌延町内への立地ないしは誘致の当否が、同町民のみならず、周辺市町村の住民、北海道民、更には国民の間で意見が分かれている問題で、北海道知事選挙やこれらの町の町長選等の際、この点が大きな争点にもなっている状況下において、右の問題について工学センターの誘致促進との政策を支持ないし推進する立場をとり、そのために、幌延町の周辺市町村議会において、同センター誘致促進との議決をとることを中心とした同センター誘致促進のための活動を行う団体は、政治的団体以外の何ものでもない。
d 本件補助金は、議員協がかかる活動を行う団体であることを承知の上で交付されたものであって、このような補助金交付自体、前述した民意の形成過程に対する公権力の介入以外の何者でもなく、更に、地方公共団体が、一定の政治的活動を行うことを目的とする政治的団体に対して補助金を支出するという側面に徴すると、公金により当該政治団体を援助し、又は、これを育成強化することになり、その結果、当該政治的団体の掲げる見解ないし主張のみを不当に優遇することにつながるのであって、このような一党一派の政治的団体に対する補助金の交付が民意の形成過程を歪め、金銭によって民主制の原理を根本から破壊するものであることは明白であり、言論の自由市場に対する公権力の介入にほかならないから、受交付者が政治的団体であること自体によっても違法性を帯びることになり、かかる補助金支出を地自法二三二条の二が容認しているものとは到底解されない。
したがって、工学センターの誘致計画そのものの公益性を問うまでもなく、民意の形成に向けて相対立している一方の側に立って活動することを目的とする議員の団体に対し、被告上山町長が公金を支出したこと自体が憲法及び地自法の定める民主制の原理に違反する強度の違法性を有し、その結果、地自法に定める公益上の必要性を欠くのである。
更に、後記イいのとおり、議員協のような特定の団体に対してのみ公金を支出することは、財政の公正を害し、憲法八三条所定の財政立憲主義に反するものであり、また、憲法八九条、二一条に違反している可能性も極めて高い。
イ 本件補助金交付決定が、前記アに述べた以外の諸事情により、公益上の必要性を欠くものであることについて
いa 補助金支出の目的及び趣旨の公益性
本件補助金支出の目的は、工学センターの立地ないし誘致を巡り、幌延町はもちろん、北海道及び道内の各市町村、あるいは国の内部で意見が分かれている状況下で、立地に賛成の立場の立地推進活動を行う団体に対して補助金を与え、もって、高レベル核廃棄物施設の実現を期するところにあり、このことは、補助金交付要綱において、議員協に対する補助金交付は、工学センターの立地を積極的に推進する議員協の経費を補助することにより、もって幌延町と周辺市町村が協力し、工学センターの立地推進を図ることを目的とするとされていることからも明らかである。
そして、右のように「幌延町と周辺市町村が協力し」とされている点は、議員協の規約三条所定のその事業内容としての「関係市町村の理解と協力を得るための運動展開」に対応するもので、本件補助金が、右の活動を行う議員協を通して民意の形成に向けられたものであることが理解できる。幌延町が、議員協の活動を通して自らの政策を遂行しようとする構図の中に、本件補助金が位置づけられており、その政策目的達成への方途が、自由な民意形成の中で行われるのでなく、民意形成に公権力が介入する方向でなされようとするものであって、これが民主制に反することは前記のとおりであり、また、本件補助金が工学センターの立地ないし誘致を積極的に推進する議員の団体にのみ支出されている点は、本件補助金が、ある特定の意見の者を援助するにとどまらず、ある特定の意見をもったある特定の地位にあるものを援助することを目的とすることを示しており、憲法の平等原則に違反する極めて不公平な補助金支出である。したがって、支出目的において公益性はなく違法である。
b 議員協の目的
議員協の目的は、幌延町に動燃が立地を計画している工学センターの早期実現を推進することであって、国論を二分している原子力行政につき、積極推進派の立場を鮮明にしており、工学センターの早期実現を推進するため、議員協は、各市町村の活性化を図ることを目的とし、その目的達成のため、「関係各市町村の理解と協力を得るための運動展開」を事業として行うとされている。このことは、議員協が、前記のとおり、工学センターの立地ないし誘致計画が困難に陥っている状況下で、民意形成という方法によりこれを打破するべく設立された団体であることを意味するところ、議員協自体が、幌延町からの補助金と無関係に、このような目的を持って活動することは問題ないが、このような団体に補助金を交付し、議員協を通じて世論形成を図ろうとするところに、議員協の目的と補助金支出の目的があいまち、公益性を欠く状態を作出する。
また、議員協は、幌延町周辺の各市町村の活性化を図ることも目的とし、そのための事業として、いわゆる道北地域の活性化のための施策の考究と実現を掲げているところ、議員協の構成員は、他市町村の議員が八〇パーセントを占めるから、その目的として幌延町のみならず各市町村の活性化を図ることも目的とせざるを得ないのであろうが、町自体のために使われるべき幌延町の公金が、他の地方公共団体の活性化を図ることを目的とする団体に支出され、その結果、他の地方公共団体のためにも使われることになるのは極めて問題というべきである。幌延町の公金が、町のために使われるべきことは常識的に当然であるが、地自法二三二条の二に「その」公益上の必要がある場合と規定されているとおり、明文の規定上も補助をする地方公共団体の公益に結びつくものであることが要求されている。この点で、本件補助金交付には更に違法性がある。
c 議員協の構成員・幹部
議員協の構成員は、いわゆる道北地方の一市七町村の合計六三名の工学センターの立地推進を図ろうとする市町村議員のみによって構成されており、幌延町の一般住民が組織する団体とは際立った特異性を有している。議員協の構成員のうち、幌延町議会議員は一三名、その余の五〇名は他の地方公共団体の議会議員とされているが、構成員の氏名は公表されていない。
しかしながら、少なくとも構成員中他の市町村の議員が八〇パーセントを占めるような団体に対する補助金交付は、幌延町住民の一般の利益に直接つながるものではなく、同町の公益に資するとはいえない。
また、団体としての実体は何ら検証されておらず、活動の公益性に対する検証もできないから、幌延町住民一般の利益に合致するということはできない。
d 議員協の資産・財政
議員協には資産はなく、会計収入は、規約上構成員からの会費及び関係核市町村からの分担金、寄付金及び補助金を充てるとされているが、議員協の平成元年度予算案は、会費七〇名分二一万円の他、幌延町からの補助金三三〇万円が計上されているのみで、同町の補助金だけで全収入の九四パーセントを占め、著しく補助金に依存した運営体質となっている。
このような事情からみると、議員協の活動が、健全な民間の事業として推進されているとは言いがたく、このような活動を町民全体の利益に結びつくとは考えられない。右予算案では、会員七〇名、収入合計額三五一万一〇〇〇円を予定しているから一人当たりの負担額は五万〇一五七円と会員の年間負担としては十分支払可能であり、あえて三三〇万円もの補助金を支出する必要性はない。更に、議員協の平成元年度収支決算書によれば、三〇〇〇円の会費を払った者すら四〇人にとどまり、組織としての実体を欠き、かつ、経済的な自助努力がされていない。かかる団体への補助金支出は、際限のない濫費に陥り、二三二条の二の趣旨に反し公益性を欠くというべきである。
e 議員協の活動状況、他の団体との関係
議員協の活動状況は、札幌市や東京都への誘致陳情活動が主であり、公益性のある調査・研究活動や啓蒙活動はなされていない。また、議員協の設立総会の来賓者名簿によれば、自民党、科学技術庁原子力局、動燃、工学センター道北地域誘致期成会など、誘致推進派の各種住民団体と協力関係にあることが明らかである。
f 過去における公益活動の実績、公益活動計画
議員協には過去の活動実績は全くなく、他方、将来の活動計画は議員協の規約三条及び事業計画に記載されているが、核心は、議員協の規約三条所定の関係各市町村の理解と協力を得るための運動展開すなわち民意の形成にあり、その他工学センターの誘致実現をめざす活動以外、独自の公益活動をなすことは予定されていない。
このように民意の形成にかかる活動予定しか有しない団体への補助金支出は違法である。
g 議員協のなす政治活動の程度
前記目的、構成員等から明らかなとおり、議員協は、政治的に対立している原子力行政につき積極推進の立場をとっており、幌延町をはじめとする周辺市町村の誘致反対の声にもかかわらず、高レベル核廃棄物貯蔵施設である工学センターの幌延町内への立地を、国及び動燃の意向に従って実現させようとする団体であるから、完全な政治的団体である。
h 設立経過にみる議員協と幌延町との特殊な関係
議員協の設立以前に、幌延町議会が被告上山町長が提案した議員協に対する補助金交付を内容とする補正予算案を可決したこと、議員協の設立総会に被告上山町長が未だ正規の補助金申請及びそれに対する交付決定もないのに補助金を仮払い名下に交付したこと、その後作成された本件補助金交付要綱が、被告幌延町長と議員協だけを対象者としていること、議員協の事務局を幌延町議会事務局とするなど混同がみられることなどを考慮すれば、議員協は、法人格なき社団というよりは、実質的に、被告幌延町長が育成し、かつ丸抱えにした政治団体というほかはない。
i 公正、公平等他の行政目的を阻害し、行政全体の均衡を損なわないかについて
正義、公平の観念は自然法的原理であるが、本件は、幌延町及び周辺市町村、北海道、国それぞれのレベルで鋭く意見が対立している問題であり、その一方の側の、しかも特定の地位にある者の団体に、民意の形成を目的として金銭を支出することは、著しく不公平かつ不正義である。
ろ 右いaないしiにおいて検討した諸事情に照らすと、本件補助金交付は、工学センター誘致という鋭く見解の対立する問題に関し、言論の市場に対して情報を提供し、民意の形成を育むという行政の本来あるべき姿に反し、その一方の意見を有する特定の地位にある者のみで構成された団体に対し、補助金を支出して世論を形成するという、いわば世論を金で買うともいうべき性質を有するのであり、民主制の原理に反し、かつ、不公平であって、公益上の必要性を欠くものである。しかも、その団体は、人的にも財政的にも組織的実体を欠くか不分明な団体であり、その目的や事業内容も、幌延町以外の市町村の活性化を図ることまで含まれているのであって、このような団体への補助金支出が、幌延町の住民一般の利益に合致するものとは到底いうことはできず、公益上の必要性を欠くことは明らかである。
(二) 本件議決及び本件補助金交付決定の双方が地自法二〇四条の二に違反していることについて
(1) 同条は、地方公共団体が、その議会の議員に対し、同法二〇三条所定の報酬、費用弁償、期末手当ての他は、法律又はこれに基づく条例に基づかずして、いかなる給与その他の給与をも支給することはできないと定める。これは、昭和三一年の同法の改正により追加された条項であり、改正前においては、地方公務員の給与体系が各地方公共団体ごとに著しい差異があった上、特別職について給与等を条例で定める建前になっていなかったため、議会の統制機能が十分機能し得ず、条例の根拠なく予算措置でいかなる給付もなし得るいわばお手盛りの状態であったことから、地方公共団体の議会議員に対する給与等の支弁を公正ならしめ、地方公共団体の財政的基礎を守るべく追加されたものである。
地自法二〇四条の二の趣旨が、右のとおり、特別職によるお手盛り防止を図り、予算措置のみによる同法二〇三条所定の報酬以外の給付をなすことを禁止することにある以上、その給付につき、地方公共団体が特別職に直接給付する場合に限らず、第三者を経由して給付の実質が終局的には特別職に帰属する場合にも適用があると解すべきである。けだし、そう解さなければ、いわゆるトンネル機関を経由してこれらの給付がなされた場合、同法二〇四条の二の趣旨が没却されるからである。
(2) 幌延町議会が本件議決により議決した補助金は、「議員協」なる団体に交付が予定されていたものであるところ、その構成員が、前記のとおり、工学センターの立地推進を図ろうとする道北地方一市七町村の議会議員のみであったことは、本件議決に至るまでの審議の段階で既に明らかであった。
また、本件議決の時点においては、「議員協」は未だ設立されておらず、議員協の設立総会に対し、被告上山町長が、議員協による補助金交付の申請や被告町長による交付決定もない段階で、仮払名下に補助金の一部を交付したこと、その後に補助金交付要綱が被告幌延町長と議員協を対象者として作成され、議員協による補助金交付申請がされていることなどの経過をみれば、金員の支給という動機と支給の事実が先行し、支給対象者である議員協の外形と金員給付を適法ならしめる法形式を事後的に整えていったというのが実体であることは明らかである。更に、議員協の構成員には、当初は定数一四名の幌延町議会議員のうち、原告川上を除く一三名が含まれており、議員協に交付された補助金は、終局的に同町議会議員に帰属している。そうすると、「議員協」に対する補助金交付は、幌延町への工学センター誘致推進を図る被告上山町長と同一の政治的立場に立つ同町議会議員一三名が、その政治活動を行うに当たり、周辺市町村議員をも組み入れた政治的団体を組織することにより、活動に必要な諸経費を幌延町の公金から拠出させたもので、実質的には幌延町に工学センターを誘致しようとする意思を有する特定の議会議員に対し、いわばトンネル機関としての「議員協」を経由し、補助金の名目で、旅費、会議費等の費用を支給するものといわなければならない。これは、同法二〇三条所定の報酬、費用弁償に該当せず、また、他の法律や法律に基づく条例に基づく給付でもないから、結局、議員協への補助金交付を内容とする本件議決及び本件補助金交付決定は、同法二〇四条の二に違反していることは明らかである。
したがって、本件補助金交付決定は、それ自体として地自法二〇四条の二に違反するとともに、同条違反の本件議決の予算執行行為としてなされたものであるから、本件議決の違法性を承継しており、いずれにせよ違法である。
(被告の反論及び主張)
(一) 本件補助金交付決定が、本件議決の地自法二三二条の二違反の違法性を承継しているとの点について
公益上の必要性の判断は、補助金対象者が組織されるに至った経緯、組織目的、構成員等が確定していれば、それだけで今後の活動が予想できるのであり、その結果、補助金交付に公益上の必要性があると判断できる場合も十分あり得るのから、補助金対象者が実在していなくても可能である。本件については、議員協の設立総会が開催されたのは平成元年一〇月二一日であるが、その前身ともいうべき推進議員協議会発足準備世話人会は、既に同年七月二二日から活動を開始しており、設立されるべき議員協の事業計画や活動方針、予算案等の作成はなされていたのであるから、幌延町議会が補正予算を議決した平成元年九月一九日時点では、実質的にすでに成立していたというべきであり、公益上の必要性の判断は十分可能な状態であった。現に、幌延町議会は、右のような事業計画や活動方針等に基づいて、本件補助金交付の公益性を判断したのである。
したがって、補助金交付の対象が存在しないから、公益上必要と認められるか否かの判断も不可能であった旨の原告らの主張は失当である。
(二) 本件補助金交付決定がそれ自体として地自法二三二条の二に違反するとの点について
(1) 原告らが主張する公益上の必要性の有無を判断するための要素については特に争わないが、議員協に対する本件補助金交付決定は、憲法及び地自法の趣旨に反するとの主張は失当である。
ア 民主主義社会においては、社会の構成員間に種々の意見があり、特定の政策について賛成派もいれば反対派もいることはもとより当然であるが、地方公共団体の議会議員や首長としては、たとえ住民の中に特定の政策についての反対派が存在していたとしても、当該地方公共団体の発展のために、自己の選択した政策を推進せざるを得ない。
憲法は、地方自治実現のために議会の設置を認め、地方公共団体においても基本的には議会制民主主義に基づいて自治体の意思形成を図る仕組みになっている。したがって、地方公共団体である町において、いかなる政策を採るべきかの決定は、町民が選挙で選んだ町民の代表たる町議会議員で構成される町議会がこれをなすのであり、当該町議会における意思決定は、最終的には民主主義社会における意思決定の大原則である多数決によって行われることになる。そのために町議会が存在し、選挙制度が存在するのである。
イ 幌延町では、昭和五六年一月二二日、同町議会に原子力施設誘致調査特別委員会が設置され、原子力施設の幌延町への誘致調査のため、全国各地の原子力施設において現地調査を行った後、昭和五八年六月一七日、同町議会に「原子力関連施設誘致促進特別委員会」を設置し、これらの委員会の活動を経て、昭和五九年七月一六日、町議会で原子力関連施設誘致を決議した。
他方、工学センター計画の内容、特にその安全性については、動燃が幌延町及び周辺市町村に対し、繰り返し説明会を行っているほか、被告町長は、右に述べた原子力施設誘致調査特別委員会の設置から誘致決議までの間、幌延町民に対し、原子力施設の誘致に関する説明会を何度も開催し、また、同町の広報紙においても、同町が原子力施設の誘致の方向で活動していること及び原子力関連施設の安全性の問題についての説明を繰り返し行った上、右誘致決議に至ったのである。
また、右原子力施設誘致調査特別委員会が設置された後、現在に至るまで、計三〇回の幌延町長選挙が行われ、いずれも誘致推進を唱える立候補者が当選している。なお、平成二年の同町長選挙に関しては、原告らが慎重候補とする中條勲は、工学センターの誘致計画自体に反対しているのではなく、計画を推進するに当たっては慎重に対応すべきだと考えていたのであり、反対候補というよりむしろ賛成候補である。したがって、同年の同町長選挙において、工学センター誘致に対して反対意見を鮮明に主張した候補者は一名で、かつ、その得票率はわずか四パーセントに過ぎないのであって、右選挙結果からみると、幌延町民のほとんどは工学センター誘致に賛成していること、これに対して右誘致に対する反対派はごく一部であることはいずれも明らかといわなければならない。このことは、いいかえると、幌延町内には反対派の住民も存在するという程度であり、決して原告らの主張するように、同町内の住民間で工学センター誘致の当否について意見が鋭く対立しているというような状況ではないことを示している。
右のような経過をみれば、なるほど、工学センターの安全性は未だ議論が存し、幌延町内への工学センター誘致に対して反対意見を持つ住民が存在することは否定できないとしても、幌延町において工学センター誘致を推進するための政策を採ることが幌延町民全体の意思というべきであり、この町民の意思を実現するために種々の方策を講ずることは、幌延町の執行機関である被告幌延町長として当然の義務である。したがって、工学センターの誘致促進のための方策の一つとして、同町議会議員や同町長が、自ら関係各省庁に対して陳情を行い、理解と協力を求めることはもとより、他にも工学センター誘致推進という目的に賛同し、同町に協力して関係各省庁に対して陳情活動を行う団体があれば、これに対して助成を行い、同町の政策実現を有利にすすめることは、執行機関としての被告幌延町長の当然の義務である。
本件においては、右のような幌延町の住民の意思を受け、平成元年九月一九日に町民の代表者の集まりである議会によって、議員協への補助金交付が決定されている以上、民主制の理念に叶いこそすれ、その理念に何ら反するものではない。なお、原告川上も右決議に参加したが、特に異議は述べていない。
ウ 原告らは、議員協への本件補助金交付が、思想の自由市場への公権力の不当な介入だと主張するが、被告上山町長は、工学センター誘致についての説明会を何度も開催し、広報紙においても同町が誘致方向で活動していること及び原子力関連施設の安全性の説明を繰り返し行っていることは前記のとおりであって、同町の住民に対し、工学センター誘致問題の当否に関する判断資料を得る機会を十分与え、他方で、同町内においては同町の公共施設を利用した右誘致に対する反対集会が何度も開催されているが、被告幌延町長が右反対派集会に対し、集会の場の提供を拒否したり、あるいは、これらに対する妨害行為を行ったことは一度もない。すなわち、民主制が機能する前提として、国民又は住民がその政治的意思決定をするために、言論の自由市場が不可欠であることは原告ら主張のとおりであるが、被告幌延町長は、同町住民の民意の広場に対して様々な情報を提供し、民意の形成を育んできたのであり、同町住民は、原子力施設の安全性の問題点、工学センターを誘致した際の問題についても、十分情報を与えられていた。したがって、工学センター誘致の当否について、言論の自由市場を通して、民意を形成することは十分可能だったのであり、同町住民は、その上で、前記のとおり三回にわたる同町長選挙において、いずれも誘致推進候補を当選させ、もって、工学センターの誘致促進という政策を選択しているのである。
エ また、原告らは、幌延町への工学センターの立地ないし誘致の是非は、幌延町、周辺市町村、北海道、国のそれぞれのレベルで鋭く意見が対立している問題であり、その一方の側の、かつ、特定の地位にある者の団体に対し、民意の形成を目的として、幌延町の公金を支出することは違法だと主張する。そこで主張されている民意なるものが、幌延町民の意思を意味するのか、もっと広い意味で用いているのか必ずしも明らかではないが、仮に前者とすると、前記のとおり、幌延町住民は、工学センター誘致を選択したのであるから、右選択にかかる政策実現に協力する団体に対して援助を施すことにより、右政策実現を有利にすることは、結果的に町民の意思を実現することであり、民主制の理念に叶うことは明らかである。仮に後者としても、同町の政策実現のために、宣伝活動を行い、その結果周辺市町村の住民の意思形成に影響を与えることは、意思の自由市場においては当然許されるべきである。
もっとも、工学センター誘致に協力する団体である議員協への補助金交付が、賛成派の意思を実現する方向へ作用し、反射的に反対派の意思にそぐわない結果となることは否定できない。しかしながら、仮に、特定の政策について反対派がいる限り、当該政策を推進することが許されないとするならば、地方公共団体は、常に住民全員の同意を得ない限り当該政策推進のための諸行為をとることが許されないことになり、当該地方公共団体の発展が阻害されることは明らかである。そして、原告らも主張するように、地方公共団体においては、リコール等の直接民主制の制度も採用されているのであるから、議員協への補助金交付に公益性がないと考える反対住民は、これらの方法により町政の是正を図ればいいのであり、本件補助金交付をもって、行政の活動により住民による民主的意思形成を妨げたということはできない。工学センター誘致の当否は政治の場で決着をつける問題であり、法律上の違法合法の問題にはならない。
オ また、原告らは、議員協の目的ないし事実内容が、工学センター誘致政策の閉塞状況を打破するため、幌延町の周辺市町村議会において、工学センター誘致促進決議を得ることであった旨主張するが、議員協の目的は、工学センターの立地ないし誘致の早期実現であり、推進困難を打破するためではなく、また、議員協の事業内容は、工学センターについて関係市町村の理解と協力を得るための運動展開に過ぎず、周辺市町村議会の議決を得ることを中心とするものである旨の主張は一方的な憶測である。
カ 更に、原告らは、議員協は政治的団体であり、このような団体に対する補助金交付は、受交付者が政治的団体であることのゆえをもって、公益上の必要性の要件を満たさず違法である旨主張する。
しかしながら、現行法上、地方公共団体が行う補助金交付の違法性は、同条所定の公益上の必要性の有無のみにより判断すべきであるところ、原告らの主張によれば、工学センターの誘致促進について、町民全員が同意していれば議員協は公益上の必要に当たる可能性のある政治的団体となり、町民の間に意見の対立があれば公益上の必要が認められない政治的団体となり、議員協への補助金が一切許されなくなるということに帰着する。しかし、現代社会でおよそ対立のない政策などというものは有り得ないのであり、町内の意見の対立の有無によって、補助金交付の相手方となるがゆえに補助金交付が違法とされるべき「政治的団体」への該当性を判断するなどという主張は極めて非現実的かつ非論理的であって、たとえ、住民の中に反対派が存在したとしても、地方公共団体はその発展のために自己の選択した政策を推進せざるを得ないことは前記イのとおりであり、住民の間の意見の対立の有無は、公益上の必要性の有無とは全く無関係である。
議員協はそもそも政治的団体ではなく、仮に政治的団体であるとしても、そのことから直ちに議員協への補助金支出が違法となるのではない。政治、あるいは政治的団体という概念自体あいまいであり、およそいかなる団体も政治とは無関係ではあり得ないから、議員協が政治的団体かどうかを議論する意味は全くない。議員協が政治的団体であるか否かではなく、補助金交付が公益上の必要があるか否かのみが本件補助金交付の違法性判断の基準とされるべきである。
(2) また、原告は、公益上の必要性の有無を判断するための憲法及び地自法への適合性以外の基準につき、るる主張するが、いずれも失当である。
ア 議員協の目的や事業内容は、規約に記載されているとおりであり、民意に対する公権力の介入を目的とするものではないことは明らかであり、この点についての反論ないし主張は、前記(1)オのとおりである。また、議員協は、目的、事業計画が定められているほか、現実に東京への陳情活動等を行い、予算の収支決算がなされているなど、組織としての実体に何ら欠けるところはない。原告らの主張自体、実体が検証できないとしたり、その目的を周辺市町村の過半数の議会の議決をとることを中心としているなどとしたり、矛盾をはらんでいる。
イ なお、原告らは、議員協が幌延町以外の市町村の地域活性化を図ることを目的としていることをもって、幌延町の公益上の必要性を欠く旨の主張をしているが、幌延町の公金が同町のために使われるべきものであることは当然であるとしても、同町が位置するいわゆる道北地域は、程度の差こそあれ過疎化傾向が進行しており、同町の周辺市町村も過疎化傾向にある中で、幌延町のみが過疎を脱却して活性化を図ることは困難である。工学センター誘致を実現させ、道北地方全体の地域活性化を図ることにより、最終的に幌延町の過疎化脱却及び活性化を図ることができるのであり、他市町村の活性化のみを図るために補助金が支出されたわけではないから、公金の支出が幌延町の公益に結びつくことは明らかである。
ウ また、議員協の構成員については、原告らの主張のとおりであるが、他市町村議会の議員は、当該議会議員の職務としてではなく、一個人として、ボランティア的に議員協の構成員として活動しているに過ぎないし、幌延町への工学センター誘致の実現により、道北地方全体の活性化を図り、最終的に幌延町の過疎化の脱却及び活性化を図るために活動するから、幌延町の住民の利益につながることは明らかである。
エ 議員協の資産・財政については、予算のうちに補助金の占める割合が大きいことは事実であるが、このような補助金の受交付団体は他にも多数存在し、右の一事をもって、直ちに被告町長の丸抱え団体となるわけではない。
オ 議員協の活動状況や活動計画については、議員協の設立準備が平成元年七月二二日であり、それ以前の公益活動がなく、また、関係各市町村の理解と協力を得るための運動展開が事業の一つであることは事実であるが、議員協設立に際して予定された主たる活動内容は、札幌市や東京都における関係各省庁への陳情活動であり、これはそれまで被告町長ら幌延町の執行機関が単独で行っていたものを、議員協が代わって行うものに過ぎず、従来行われていた活動内容と変わるものではない。
(三) 本件補助金交付決定等が地自法二〇四条の二に違反しているとの点について
本件において、幌延町議会が本件議決により議決した補助金は、議員協に交付されることが予定されていたものであり、議員協の構成員が、工学センターの立地推進を図ろうとするいわゆる道北地方の一市七町村の議会議員のみであったことは、審議の段階で既に明らかであったことは事実である。しかしながら、本件補助金の支出は、議員協という団体への支出であり、議員個人への支出ではない。
地自法二〇四条の二は、特定の地方公共団体が、当該地方公共団体に所属する職員への支出を禁止するものであるが、議員協は法人格なき社団である上、幌延町議会議員だけで構成されているのではなく、また、議員協の構成員としての活動は町議会議員としての活動とは全く別個独立に行われるから、議員協と議員個人とは形式的にも実質的にも全く別である。
したがって、本件においては、同条違反の問題は何ら生じない。
(四) 本件補助金交付の適法性
本件補助金交付が違法か否かは、議員協の政治的団体への該当性等ではなく、議員協への補助金交付が、公益上の必要性を有すると認められるか否かによってのみ判断すべきであるところ、公益上の必要性の有無は、工学センターの誘致という政策自体の公益性の有無によらざるを得ず、これは政策の当否の問題であり、法律上の違法、適法の問題を生じない。
仮に、工学センターの誘致政策の当否を離れて、本件補助金交付の公益性を有無を判断し得るとしても、以下のとおり、本件補助金交付は、公益上必要な場合に該当する。
(1) 議員協の公共性及び必要性
ア 工学センター建設の必要性
日本が国民生活の水準を維持向上させていくためには、原子力発電を推進していく必要があり、原子力発電推進のためには原子力の利用上避けられない放射性廃棄物の貯蔵管理及び研究をする施設が必要不可欠である。
イ 工学センター誘致運動の公共性
工学センターが幌延町に建設されることにより、町内の雇用が増大するほか、地元以外からの研究者や見学者が訪れることによる人口の増加、施設運営に伴う周辺業務の増加等、地域活性化に大きな役割を果たすことは明らかであり、幌延町民全体のみならず、周辺市町村にとっても、工学センターを誘致することは有益であり、誘致運動が公共性を有していることは明らかである。
ウ 議員協の必要性
議員協は、原子力行政につき積極的推進の立場をとり、幌延町への工学センター誘致の早期実現を推進することを目的とする団体である。
工学センターの建設は、原子力行政の重要な役割を担う国家的施策であり、工学センターの立地に向けての誘致運動は、幌延町及び周辺市町村がともにこれを進めることが必要であるところ、誘致運動を幌延町及び周辺市町村協同で推し進めるために、各市町村住民の代表者ともいうべき議会議員からなる協議会の存在が必要となる。
(2) 議員協への補助金交付の適法性
ア 右(1)記載の議員協の公共性及び必要性に鑑みれば、議員協は一党一派の政治的団体ではなく、議員協への補助金交付には、公益上の必要性がある。
イ また、本件補助金交付が、同法二〇四条の二に違反しないことは前記のとおりである。
(3) なお、本件補助金の合計額は一五〇万五三四九円であるが、その使途は以下のとおりである。
ア 会議費用 計 五四万九三〇八円
い 役員会費用(昼食代) 四万二一〇〇円
ろ 総会費用
看板代 四万六四五三円
昼食代 三〇万七五二八円
は 会食費(東京での要請行動の際の会食費)一五万三二二七円
イ 総会資料印刷費 九万四五五四円
ウ 旅費 計 七八万七八五〇円
い 東京での貯蔵工学センター立地要請行動のため(八名三泊四日)
七六万一九五〇円
ろ 設立にともなう近隣町村挨拶まわりのため
二万六〇〇〇円
エ 借上料 計 七万三六三七円
い 総会、役員会車代(稚内幌延間往復、来賓車代)
三万七一八七円
ろ 総会会場使用料 三万六四五〇円
3 差止めの必要性の有無(請求の第二項について)
(原告らの主張)
工学センターの立地ないし誘致は、幌延町の重要政策と位置づけられていて、その推進活動は単年度だけではなく、立地が実現するまで継続することが予定されており、それに対比して、被告幌延町長が今後も議員協に対し、同町の予算の範囲内で本件補助金と同様の違法な補助金を交付することは、本件補助金交付要綱の存在からも明らかである。
そして、違法な補助金が将来も交付されれば、同額の損害が町に発生し、被告幌延町長個人を被告として損害賠償請求は可能でも、手数や費用の点から相当な困難をともなう。
(被告らの主張)
工学センターの立地ないし誘致は、幌延町の重要政策と位置づけられており、その推進活動は単年度だけ行われるものではないことは争わないが、議員協に対する補助金交付には何ら違法性もない以上、今後とも、右補助金交付によっては幌延町には何らの損害も発生しない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
地方公共団体が、公私の個人又は団体に対して補助金を交付する関係は、当該地方公共団体が、その優越的地位に基づき、公権力を発動して、被補助者の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではなく、本来、資金の給付を求める被補助者の申込みに対する承諾の意思表示という性質を有する非権力的なもので、その関係においては、原則として地自法二四二条の二第一項二号所定の行政処分は存在しないものと解すべきである。
もっとも、法令等の規定が、一定の政策目的のために、一定の者に補助金の交付を受ける権利を付与し、補助金の交付申請及びこれに対する交付決定という手続により行政庁に対して申請人の権利の存否を判断させることとしている場合等、法令等が特に補助金交付決定に対して処分性を付与したものと認められる場合には、当該補助金交付決定は、同号所定の行政処分に該当するということができ、右にいう法令等とは、形式的意味に限らず、条例等法律に準ずるものもこれに含むと解すべきである。
しかしながら、前記第二、一で認定のとおり、本件においては、被告幌延町長が作成した補助金交付要綱に基づき、議員協において補助金交付の申請を行い、これを受けた被告幌延町長が、右申請を審査の上、予算の範囲の金額で自らが定めた金額について本件補助金交付決定がなされたものであるところ、補助金交付要綱は、法律又は条例等の委任を受けたものであることは全くうかがわれないから、結局は被告幌延町長において定めた純然たる幌延町内部の事務執行上の内部的規則に過ぎないといわざるを得ない。
してみると、右要綱が、交付の相手方として右要綱において規定されている議員協の権利義務を、法的に拘束するとは到底解し得ないから、本件補助金交付決定は、議員協の資金の給付の申込みに対する承諾の意思表示に止まり、実質的にも形式的にも行政処分性を有しないものと解すべきである。
よって、原告らの請求第一項記載の請求にかかる訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法であるから却下されるべきである。
二 争点2について
1 証拠によれば、以下の事実が認められる。
(一) 幌延町は、北海道留萌支庁の最北部に位置し、その基幹産業は従来から現在に至るまで酪農業であり、同町の総人口のうち、約二五パーセントが酪農業に従事している。
もっとも、同町では、昭和五〇年ころから酪農業の発展が停滞し、過疎化傾向が顕著になってきたことから、同町は、その活性化を図り人口流出を防ぐための方策を模索しはじめた。しかしながら、同町は内陸部にあるため港がない上、同町内に空港もなく、更に、同町に最も近接し、比較的商工業の発達している都市である旭川まででさえ、その所要時間として汽車で約四時間も要するなど、北海道内あるいは全国の各地から同町に至るまでの交通の便は著しく悪く、民間企業を同町内に誘致することは極めて困難な状況であった。そのため、同町は、その当初から国の施設を誘致するべく検討を開始した。
(顕著な事実、乙二四、証人小島、被告町長兼被告上山本人)
(二) 本件決議に至る経緯
(1) 昭和五五年一一月、幌延町議会の議員等一九名が、茨城県東海村等の原子力施設を視察し、その際、原子力施設の有益性、安全性等を確認した上、同町議会において同町内へ原子力関連施設の誘致を検討することが決定され、被告上山町長が幌延町議会の議長の地位にあった昭和五六年一月、原子力施設の調査を目的として、同町議会に原子力施設誘致調査特別委員会が設置された。誘致の対象とする原子力施設としては、当初は原子力発電所が想定されていたが、同年夏ころからは、原子力発電所から排出される放射性廃棄物の貯蔵施設とされた。
ところで、右放射性廃棄物は、そこから放出される放射能の量により、高レベル、中レベル、低レベルの各廃棄物に分類され、また、放射性廃棄物の貯蔵施設とは、原子力発電所から排出され、かつ、当該発電所の敷地内に貯蔵しきれなくなった放射性廃棄物を、これが最終的に処分されるまでの間、当該発電所の敷地外において保管貯蔵する施設を意味するものであるところ、右当時、右誘致の対象施設の種類は特に限定はされていなかったものの、主として低レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致に重点が置かれていた。
(甲七、乙八の1、二四、被告証人小島、被告町長兼被告上山本人)
(2) 昭和五七年二月二七日ころ、幌延町が原子力発電所から発生する低レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致活動をしていることが、新聞で報道され、同年三月八日には、当時の佐野清幌延町長が、同町議会で正式に誘致姿勢を表明した。また、前記委員会の委員は、昭和五六年ころから昭和五八年ころにかけて、約四回にわたり、東海村等の原子力施設を視察した。
他方、幌延町では、右新聞報道がなされた昭和五七年三月ころから、同町内の住民に対して、誘致を計画している低レベル核廃棄物貯蔵施設の概要やその安全性等について、頻繁に説明会を実施するかたわら、同町の広報誌を通して説明を行い始め、同年七月ころには、右施設の誘致に賛成する立場の同町住民らにより、「幌延町原子力関連施設誘致期成会」が結成された。また、同町は、同町の職員や一般の町民に対し、原子力に対する知識を深め、町の政策である原子力関連施設についての理解や協力を求めるため、原子力施設を見学するように勧め、その結果、現在に至るまで、延べ五〇〇人以上の住民が原子力施設を見学している。
(甲七、二〇、乙七、八の1ないし5、二四、証人小島、弁論の全趣旨)
(3) 一方、この間、幌延町内への低レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致に対して反対する立場から、同町内外の住民による活動も活発に行われるようになった。
すなわち、昭和五七年三月ころには、幌延町内への右施設の誘致に反対する住民が、「原発廃棄物施設誘致反対ほろのべ町民会議」を結成し、同町への右施設の誘致計画の白紙撤回を町議会に対して要求するなどした。同年四月には、留萌地区の住民が誘致反対の共闘会議を結成し、幌延町周辺市町村や農協、漁協に対する誘致反対の要請活動を行った。また、同年五月、反対派の地元住民や道民が、留萌支庁長や通産省、科学技術庁に撤回要請を行い、同年六月二一日には、東利尻町議会が、海洋汚染の危険性等を理由として、誘致反対の意見を表明する議決を行った。その後、同年七月ころから八月にかけて、全道規模での反対署名活動が行われたり、反対住民が町長に対する撤回要請等を行った。
(弁論の全趣旨)
(4) 昭和五七年一二月二六日、当時の佐野清幌延町長の死去に伴い、同町の町長選挙が行われ、この選挙においては、低レベル核廃棄物貯蔵施設の同町内への誘致の当否が最大の争点となったが、候補者二名のうち、成松佐喜男は右施設の誘致推進の立場をとり、鎌田元春は右施設の誘致反対の立場をとった。この選挙の結果、当時の有権者数二七九一名のうち、右施設の誘致推進の立場をとった成松候補が一七二二票を獲得し、右誘致反対を掲げた鎌田候補の獲得票数九〇一票に約八〇〇票余りの差をつけて当選した。右両名の獲得票総数すなわち有効投票総数の合計に占める各候補者の獲得票数の割合は、成松候補が六五・七パーセント、鎌田候補が三四・三パーセントであり、有権者総数に占める各候補者の獲得票数の割合は、成松候補が六一・七パーセント、鎌田候補が三二・三パーセントであった。
その後、昭和五八年四月一〇日に至り、北海道知事選挙及び北海道議会議員選挙が行われ、右北海道知事選挙では、幌延町への低レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致の当否も争点となり、結果は誘致反対の見解を表明していた横路孝弘候補が当選した。もっとも、幌延町内の有権者の投票結果に限ってみると、北海道知事選挙については、推進の立場の候補者の獲得票数が一五七五票、反対の立場の候補者二名の獲得票数の合計が九四一票であり、右三者の獲得票数の合計すなわち有効投票総数に占める各候補者の獲得票数の割合は、右推進の立場の候補者が六二・六パーセント、右反対の立場の候補者が合計で三七・四パーセントであった。また、北海道議会議員選挙についてみても、推進の立場の候補者の獲得票数が一七〇六票、反対の立場の候補者二名の獲得票数の合計が七八九票であり、右三者の獲得票数の合計に占める各候補者の獲得票数の割合は、右推進の立場の候補者が六八・四パーセント、右反対の立場の候補者が合計三一・六パーセントであった。
(争いのない事実、甲二〇(No.5)、乙一、弁論の全趣旨)
(5) 幌延町は、前記委員会の活動の結果及び右選挙結果等を受けて、同町内に原子力関連施設を誘致することを決定し、昭和五八年六月、従来設置されていた原子力施設の調査を主目的とした原子力施設誘致調査特別委員会に代わって、右施設の誘致そのものを目的とする原子力施設誘致促進特別委員会が設置され、被告上山町長は、幌延町議会の議長退任後、同町議会議員の立場で右委員会の委員となった。
その後、幌延町は、当時の成松佐喜男町長(以下「成松町長」という。)や当時の同町議会議員であった被告上山町長らを中心として、原子力施設誘致促進特別委員会が設置された昭和五八年以降、積極的に北海道、北海道開発庁、科学技術庁、通産省等の関係各省庁や政党、周辺市町村に対して誘致陳情活動を行った。
(乙二四、証人小島、被告町長兼被告上山本人、弁論の全趣旨)
(6) しかしながら、昭和五九年四月二〇日ころ、当時幌延町が誘致を企図していた低レベル核廃棄物貯蔵施設が青森県内に立地建設されることがほぼ確定的となったため、幌延町が行ってきた右施設の誘致計画は頓挫するに至った。
ところが、同月二一日、動燃が、幌延町に高レベル核廃棄物施設の立地を計画をしていることが新聞で報道され、成松町長は、直ちに歓迎の意思を表明したのに対し、横路北海道知事は反対の意思を表明した。右新聞報道により、幌延町内に高レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致が計画されていることが広く周知されることになり、誘致推進と反対の意見対立は激化していったが、幌延町の執行機関等は、そのころ以降、当初から右施設の誘致をも検討していたこともあって、右施設の誘致を主として活動を開始するに至り、また、同町の広報誌を通じ、主として放射線や原子力発電所等の安全性等につき、同町の住民に対して、説明を繰り返していった。また、同年七月ころ以降、動燃も、幌延の住民に対して、工学センター計画に関する説明会を順次開催していった。
(甲二〇、乙六、八の6ないし21、被告町長兼被告上山本人、弁論の全趣旨)
なお、動燃が計画していた右高レベル核廃棄物施設は、工学センターと呼称されたが、右施設の事業内容や立地に関する計画の概要は、遅くとも昭和五九年七月ころまでには確定した。その内容は次のとおりである。
すなわち、原子力発電所において一度使用された後の燃料中には、再使用が可能なウラン等の核燃料物質が含まれているため、使用済燃料について再処理を行うことにより、再使用可能な右核燃料物質を回収することが可能であるが、その際、核分裂生成物等を含んだ極めて放射能の高い液体が発生する。したがって、この液体は、その放射能が減衰して環境汚染や放射能の影響のおそれが十分軽減されるまで、長期間にわたって人間環境から隔離する必要があり、そのための方策として、動燃は、主としてホウケイ酸ガラスによるガラス固化の技術を実用化して固化処理を施した上で、三〇年間から五〇年間冷却のため貯蔵し、最終的に深い地層に処分することを計画している。工学センターは、高レベルガラス固化体、低レベルアスファルト固化体等を貯蔵管理するとともに、ガラス固化体から発生する熱及び放射線の有効利用技術開発及び処分技術開発を目的とし、高レベルガラス固化体貯蔵プラント、低レベルアスファルト固化体等貯蔵施設を中核として、研究開発棟、深地層試験場、環境工学試験施設等から構成される。
(甲七、一七、二三)
(7) 昭和五九年七月一六日、幌延町議会は、前記幌延町原子力関連施設誘致期成会の誘致実施に関する請願を受け、同町への高レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致を決議した。
一方、北海道議会では、昭和五九年七月二〇日、動燃が幌延町に立地を計画している高レベル核廃棄物貯蔵施設の立地の当否のみならず、エネルギーに関する問題点を広く調査するため、エネルギー問題調査特別委員会を設置する一方、工学センターの誘致に関しては、推進の立場の議員と反対の立場の議員がほぼ半ばする勢力に分かれて対立し、昭和六〇年六月ないし七月に行われた第二回定例北海道議会では、動燃による右施設の立地のための事前調査の促進決議案を巡って激しい論戦が繰り広げられた末、同年九月一八日、右特別委員会で動燃の立地環境調査促進決議が可決され、同年一〇月一日には北海道議会の本会議で同じく調査促進決議が可決された。
他方、これより先の昭和六〇年五月には、幌延町内への高レベル核廃棄物貯蔵施設の立地に反対する前記原発廃棄物施設誘致反対ほろのべ町民会議の代表者が、道民約一〇〇万名の反対署名を動燃に対して手渡した。これに対し、右施設の誘致推進の立場をとる成松町長は、北海道開発庁等の関係団体に対し、早期に右施設の立地のための調査を実施するよう申し入れた。
(甲二〇(No.11、12、16、25、27、28、33、65)、原告川上本人)
(8) 周辺市町村においても、工学センターの幌延町への誘致の当否は議会の重要な争点となったが、昭和五九年九月二一日には、同町に隣接する上川支庁中川町の町議会が、右誘致に対する反対を決議し、次いで、昭和六〇年八月九日には、稚内市議会総務常任委員会が、高レベル核廃棄物施設の立地のための事前調査に反対する請願を採択しその後同委員会では、右施設の建設に対する反対の請願の採決を巡って激しい対立が続き、本会議において激しい対立が続いた末、同年九月二七日、立地調査に反対する決議案を可決した。また、同年一〇月一日には、宗谷支庁中頓別町議会が立地調査反対決議をした。
他方、昭和六一年八月一一日には、留萌支庁天塩町議会と宗谷支庁豊富町議会がいずれも立地調査の推進を決議したほか、民間の団体の動きとしては、昭和六一年一月二三日の時点で、北海道商工会議所連合会は、総会で立地調査促進を決議した。
(甲七、二〇(No.11、31、34、35、65)、弁論の全趣旨)
(9) 動燃は、幌延町内において、昭和六〇年一一月から工学センター立地環境調査を開始し、昭和六一年八月にこれを再開していたところ、同年一一月、右調査の最終段階として、深層ボーリングのための機材をヘリコプターで搬入した。その際、現地に泊り込んでいた誘致反対派住民等と警察機動隊が激しくぶつかり合ったが、結局右搬入を完了し、右調査を行った(甲二〇(No.40ないし43))。
(10) このように、工学センターの誘致の当否について、激しく世論が争われる状況下において、昭和六一年一二月七日、成松町長の任期切れに伴う幌延町長選挙が行われたが、右選挙においては、工学センターの誘致の当否が最大の争点となり、誘致を推進すべきであるとの立場からは、現職の成松町長のほか、誘致推進の立場をとりつつも、「センターは絶対安全とは言えない。立地が遅れることもあり得る。」「施設誘致は周辺市町村の理解を求めなければいけない。」などと訴えた被告上山町長が立候補し、更に、誘致反対の立場からは菊地利夫が立候補した。
その結果、有権者数二五八七人のうち、誘致推進の立場の被告上山町長が九九二票、同じく誘致推進の立場の成松町長が八三五票、誘致反対の立場の菊地候補が六七五票を獲得し、被告上山町長が幌延町長に当選した。右三名の獲得票総数すなわち有効投票総数に占める誘致推進の立場の候補者二名の獲得票の割合は七三パーセント、誘致反対の立場の候補者一名の獲得票の割合は二七パーセント、また、有権者数に占める誘致推進の立場の候補者二名の獲得票の割合は七〇・六パーセント、誘致反対の立場の候補者一名の獲得票の割合は二六・一パーセントであった。
(甲二〇(No.46)、乙一、弁論の全趣旨)
(11) 次いで、昭和六二年四月一二日に至り、北海道知事選挙及び北海道議会議員選挙が行われ、幌延町への高レベル核廃棄物施設の立地の当否が大きな争点となったが、北海道知事選挙においては、右施設の誘致に反対の見解を表明していた現職の横路候補が当選し、また、北海道議会議員選挙においては、右誘致に賛成の見解を表明していた自民党の候補者は、議員定数の過半数に満たない数しか当選することができなかった。
もっとも、幌延町内の有権者の投票結果についてみると、まず、北海道知事選挙については、有権者数二五六五名のうち、誘致推進の立場の候補者一名の獲得票は一一五一票、誘致反対の立場の候補者二名の獲得票は一一八一票であり、右三名の獲得票総数すなわち有効投票総数に占める推進の立場の候補者一名が獲得した票数の割合は四九・四パーセント、反対の立場の候補者二名が獲得した票数の割合は五〇・六パーセント、有権者数に占める推進の立場の候補者一名が獲得した票数の割合は四四・九パーセント、反対の立場の候補者二名が獲得した票数の割合は四六・〇パーセントであった。また、北海道議会議員選挙については、有権者数二三九六名のうち、誘致推進の立場の候補者一名の獲得票は一三八九票、誘致反対の立場の候補者一名の獲得票は九〇七票であり、右二候補の獲得票総数すなわち有効投票総数に占める推進の立場の候補者が獲得した票数の割合は六〇・五パーセント、反対の立場の候補者が獲得した票数の割合は三九・五パーセント、有権者数に占める推進の立場の候補者が獲得した票数の割合は五八・〇パーセント、反対の立場の候補者が獲得した票数の割合は三七・九パーセントであった。
更に、同月二六日に行われた幌延町議会議員選挙においては、誘致推進の立場の候補者一六名、誘致反対の立場の候補者三名の計一九名のうち、誘致推進の立場の候補者一三名、誘致反対の立場の候補者一名が当選した。有権者数二五二三名のうち、推進の立場の候補者一六名の獲得票総数は二〇九六票、反対の立場の候補者三名の獲得票総数は三三三票であり、全候補者の獲得票総数すなわち有効投票総数に占める推進の立場の候補者一六名が獲得した票数合計の占める割合は八六・三パーセント、反対の立場の候補者三名が獲得した票数合計の占める割合は一三・七パーセント、有権者総数に占める推進の立場の候補者一六名が獲得した票数合計の占める割合は八三・一パーセント、反対の立場の候補者三名が獲得した票数合計の占める割合は一三・二パーセントであった。
(甲二〇(No.49、50)、乙一)
(12) 昭和六二年三月五日、稚内市議会は、幌延町への高レベル核廃棄物施設の立地について慎重論を強く盛り込んだ意見書を採択し、また、留萌市においては、同月三月三日、留萌市議会の放射性核廃棄物処理問題調査特別委員会が、高レベル核廃棄物施設誘致に反対する請願について審議未了のまま終了し、同年四月の改選時期に至った。
そのほか、民間の団体の動きとしては、同年五月一二日、北海道内一三五の漁業協同組合の組合長からなる全道漁業協同組合長会議は、工学センター立地に反対することを決議をした。
(甲七(一三九頁)、二〇(No.48、51))
(13) 幌延町は、昭和六二年八月、第三次幌延町総合計画を立案するための参考として、同年四月二〇日現在の選挙人名簿から無作為に抽出した同町全有権者の二〇パーセントに当たる五二五人を対象として、アンケート調査を実施したところ、そのうち二三九名から回答があり、その結果、工学センターの誘致に対しては、安全性が確保されれば賛成とする意見が五七・九パーセント、反対とする意見が三〇・九パーセント、決まってしまったから仕方がないとする意見と分からないとする意見が各三・九パーセント、どちらでもよいとする意見が三・四パーセントであった(甲七、二〇(No.55)、原告川上本人)。
(14) 一方、普通地方公共団体の動きとは別に、国政レベルにおいても、幌延町への工学センターの立地の当否が、昭和六三年度から七二年度までの国の北海道開発に関する基本的な計画を示す第五期北海道総合開発計画の策定過程で議論された。右計画は、北海道開発審議会(国会議員、北海道知事、北海道議会議長、学識経験者ら二〇名で構成)の諮問を経て、昭和六三年六月一四日に閣議決定されたものであるが、右審議会において、誘致反対の意見を持つ横路北海道知事は、右総合計画の素案から幌延町への工学センター立地に関する記述を削除するよう要求し、あるいは、右素案に地元の理解と協力に加えて道の理解と協力を盛り込むことなどを要求して、推進の立場の北海道開発庁と対立し、その結果、最終的には、北海道開発庁が、同年五月二〇日ころ、第五期北海道総合開発計画の素案策定において、右立地の当否については、「地元及び北海道の理解と協力を得つつその推進を図る」という記述を採用することを決定し、右記述はその後閣議決定されたものである。
国による右政策決定により、幌延町への工学センターの立地についての国の方針は、地元と北海道の理解と協力という条件付で推進することとされ、また、これにより、北海道の政策や幌延町、周辺市町村、あるいは北海道内の各市町村の政策において、幌延町への工学センター誘致に対する意思決定如何が、右立地を実現する上で重要な要素となった。
(甲一九、二〇(No.56、58、59)、弁論の全趣旨)
(15) その間、北海道内においては、昭和六二年一二月一七日、留萌支庁羽幌町議会が、幌延町の高レベル放射性廃棄物施設誘致に反対する請願を採択し、また、昭和六三年三月二〇日には、宗谷支庁浜頓別町議会が幌延町の高レベル放射性廃棄物貯蔵・研究施設(工学センター)誘致に反対する請願二件を採択した。その他、赤平市や歌志内市など、各地の市や町の議会において、幌延町への工学センターの立地に反対する趣旨の決議が相次いでなされた。
(甲七、二〇(No.57、58、63、65)、弁論の全趣旨)
(16) 昭和六三年四月一五日、動燃は、科学技術庁に対し、幌延町で行った高レベル放射性廃棄物貯蔵研究施設の立地環境調査について、立地に支障はないとの調査結果を報告するとともに、北海道、北海道議会、幌延町等に説明をした。これを受け、被告上山町長や、当時の三上隆幌延町議会議長らは、幌延町への工学センター立地に理解を求めるため、同年五月六日、天塩町、豊富町、中川町等六町を訪問した。更に、同月一〇日、幌延町及び周辺八市町村の高レベル放射性廃棄物貯蔵研究施設の誘致推進の立場の住民らは、民間レベルで誘致運動を展開するため、各地の商工会や建設業協会等が中心となって市町村ごとに結成した推進派団体の連合組織として、貯蔵工学センター道北地域誘致期成会を発足させた(甲二〇(No.64、66、69、70))。
(17) また、前記調査結果が出されて間もなく、被告上山町長は、科学技術庁や動燃の工学センター立地に関する担当者と話合いをしたところ、担当者から、北海道知事の交代、自民党が北海道議会の過半数の議席を占めること又は幌延町を含めた周辺八市町村の過半数が、工学センター誘致に賛成の議決をすることのいずれかのうち、一つでも実現されれば幌延町内で工学センターの着工に踏み切りやすいとの説明を受けた(甲六、証人中條、被告町長兼被告上山本人)。
(18) 平成元年六月ころ、被告上山町長、動燃幌延町連絡所の当時の所長であった佐藤長治(以下「佐藤所長」という。)及び幌延町議会議員の小島博(以下「小島」という。)の三名が話合いをしていた際、佐藤所長から、周辺市町村の議会議員の中にも、幌延町への工学センターの誘致を推進すべきだとの意見を持つ者がおり、一度それらの者が集まって話をし、団体を設立すべきであるとの意見がある旨の発言があり、これを受けて、右三名は、これを積極的に実行に移すことを合意した。その後、留萌支庁、宗谷支庁、上川支庁に点在する右と同様の意見を持つ市町村議会議員をそれぞれの地区の代表的な議員がとりまとめをし、佐藤所長ら動燃の職員が、右代表的な議員を通じて連絡調整を図った結果、同年七月二二日、「工学センター立地推進議員協議会(仮称)発足準備世話人会」が開催されることになり、同日、幌延町公民館において、幌延町五名のほか、天塩町六名、中川町二名、中頓別町三名、浜頓別町二名、猿払村二名、豊富町四名、稚内市一名の計二五名が出席し、右会議が開かれた。右会議には、被告上山町長や幌延町議会事務局長の中條勲(以下「中條」という。)、佐藤所長らも出席した。右会議においては、発足準備世話人が選出され、幌延町議会の議員であった小島がその代表に選出されるとともに、動燃の職員と議員との間で協議された、新たに発足すべき市町村議会議員で構成される団体の主旨文が読み上げられた。右主旨文の内容は、右団体は、現代の産業構造の変革に伴い、いわゆる道北地域においても、従前の基幹産業たる第一次産業の振興を図るのみならず、新たな産業を誘致し、これらの共存共栄を図っていくことが過疎を脱却して将来の展望を切り開くものであって、そのためには、国家的プロジェクトとしての工学センターを誘致することが、現実性の高い方策であるから、国に対して工学センターを誘致する姿勢を示すとともに、工学センターの立地計画の実現過程においても、議員協が先導的役割を果たし、道北地域発展の施策に支援を働きかけていくというものであった。更に、右会議の際の出席者や、右会議開催まで議員間の連絡調整を行っていた動燃の職員の発言等から、議員協の構成は、前記八市町村の各議会議員約六三名程度となることが判明したほか、出席者から、議員協の運営費について、金額は明示されなかったものの、幌延町で補助金を出す意向があるのかとの趣旨の発言がなされ、これに対して被告上山町長は、議員協は、幌延町の政策を援助する活動を行うのであるから、幌延町として補助金を支出すべきだとの考えから、「やむを得ない、出すべきではないか。」などと発言した。
(甲一、乙二、三、四の2ないし4、証人小島、同佐藤、同中條、被告町長兼被告上山本人)
(19) その後、平成元年八月三〇日、「貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会世話人会」が開催され、各市町村の工学センター誘致推進の立場に立つ議員の再確認と、設立総会の日程の決定や、議員協の規約案、事業計画案、予算案等について協議し、成案に至った。
このときに協議決定された議員協の規約案、平成元年度の事業計画案及び予算案等は、後記(三)(1)記載の議員協の設立総会において、そのまま決議されたものであるところ、その内容は次のとおりである。
ア 右規約案によれば、議員協の目的、事業、構成等は次のとおりである。
い 目的
幌延町に計画されている工学センターの早期実現を推進し、これに関連して各市町村の活性化を図ることを目的とする。
ろ 事業内容
右い記載の目的を達成するため、工学センターの誘致促進と関連施設の調査研究、関係市町村の理解と協力を得るための運動展開、道北地域活性化のための施策の考究と実現、その他関連する事項をその事業として行う。
は 構成
前記い記載の目的に賛同し、工学センター立地推進を図ろうとする天塩町、中川町、中頓別町、浜頓別町、猿払村、豊富町、稚内市、幌延町の各市町村の議会議員をもって構成する。
に 議員協の事務局は幌延町議会事務局とする。
イ また、右事業計画案によれば、議員協の平成元年度の事業は、北海道、北海道議会、北海道開発庁、科学技術庁、動燃、農林水産省、通商産業省、政党の中央本部及び北海道連合本部、北海道経済連合会をはじめとする経済八団体の道組織、地域各市町村長及び議会議長に対して大会決議文を添えて立地促進陳情を実施すること、下部組織の支援及び各市町村ごとに説明会や勉強会を実施すること、組織拡大を図り道中央の各団体に対して強力な働きかけを行い、北海道レベルでセンター計画の誘致期成組織づくりをすすめることとされた。
他方、同年度の予算案は、会費が議員一人当たり三〇〇〇円で七〇名分の二一万円、幌延町からの補助金が三三〇万円、預金利息が一〇〇〇円が収入として計上され、支出としては、食事代を中心とする役員会及び総会の会議費四六万九〇〇〇円、印刷代などの「需用費」六万五〇〇〇円、札幌市及び東京都への陳情、役員会及び総会の際の旅費(日当相当額を含む。)二〇二万七〇〇〇円、役員会及び総会の際の車代等の借上料五五万円、予備費四〇万円が計上されており、支出項目及び金額については、小島と中條が中心となって立案した。
なお、被告上山町長は、右決議の後間もなく、動燃の職員から、右決定内容の概要を知らされた。
(甲一、乙二、三、四の2ないし4、証人小島、同佐藤、同中條、被告町長兼被告上山本人)
(20) 平成元年九月一日、「貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会(仮称)世話人会」代表の小島博は、被告上山町長に対し、右(19)で認定の同年八月三〇日の会議で決定した議員協の事業計画及び予算案を添付して、同年一〇月二一日に設立予定の「貯蔵工学センター立地推進道北議員協議会(仮称)」の運営費補助として、三三〇万円の補助金を交付するよう要望した(乙二、四の1ないし4、被告町長兼被告上山本人)。
(21) その後、本件議決がなされるに至るまでの経緯は、前記第二、一、2、(一)で認定のとおりである。
(三) 本件議決後、本件補助金交付決定に至る経緯
(1) 平成元年一〇月二一日、幌延町公民館において、議員協の設立総会が開催された。
ア 右総会には、前記のとおり、当時構成員として想定されていた六三名のうち、三〇名が現実に出席し、八名が委任状を提出した。また、来賓として一五名の者が出席した。右総会においては、議員協の役員の選出が行われ、幌延町議会議員であった小島が会長に選出された。同人は、その後平成二年一〇月一六日まで会長の職にあった。
イ また、右総会において、前記(二)、(19)で認定のとおり、既に成案に至っていた議員協の規約案、平成元年度の事業計画案及び予算案が、正式に可決された。
(2) その後、被告上山町長が、議員協に対し、本件補助金交付決定をし、議員協が二〇〇万円の補助金の交付を受けるに至る経緯は前記第二、一、3で認定のとおりである。
なお、右補助金交付決定に至る手続は、議員協の小島会長がこれを行った(乙一四の1、2)。
(四) その後の平成元年度の議員協の活動状況及び収支の状況
(1) 平成元年一一月八日、立地要請行動について協議するため、議員協の役員会が、幌延町役場で開催され、次いで、同月一四日から同月一七日にかけて、会長の小島、副会長の沢田勝、理事の村山義明、小林侃四郎、三和長寿、事務局長の中條の六名が、札幌市及び東京都において、関係官庁や関係団体に対し、工学センターの早期立地を要請した。
同月二八日には、小島らが、豊富町を除く幌延町の周辺市町村において、各市町村長や議会議長らに対して挨拶まわりをし、同年一二月三日から四日にかけて、小島及び中條が、旭川市及び留萌市において、それぞれ北海道開発庁建設部及び建設業協会ないし建設協会に対し、挨拶まわりをした。その後、小島は、平成二年一月八日、豊富町において、町長や議会議長に対して挨拶まわりをした。
同年二月七日、小島のほか、議員協の理事の細川某と石川某が平成二年度の予算案等協議のために幌延町議会事務局において役員会を開催し、同年三月二七日から同月三〇日にかけて、議員協の理事前田武人と事務局長の中條が、東京都において、工学センター立地のための要請行動を行った。
(甲四、証人小島)
(2) また、収支の状況は以下のとおりである。
すなわち、収入としては、本件補助金のほか、平成元年一二月二七日から平成二年四月三日までの間、会員四〇名から合計一二万円の会費が納入された。その後、一七名が合計五万一〇〇〇円を支払っている。
他方、平成元年一一月一三日から平成二年三月二二日までの間、現実に支出された費用の内訳は以下のとおりである。
ア 会議費
い 役員会費 四万二一〇〇円
ただし、すべて食事代及び飲酒代である。
ろ 総会費 三五万三九八一円
ただし、看板代が四万六四五三円、テーブル用生花代が一万五〇〇〇円、紙代が二五八円であり、その余の二九万二二七〇円はすべて食事代及び飲酒代である。
は 平成元年一一月一四日の立地要請行動時の会食費 一五万三二二七円
イ 需用費 九万四五五四円
ただし、総会用資料の印刷代九万四一四二円及び送金手数料四一二円である。
ウ 旅費
い 立地要請行動費 七六万一八五〇円
議員協の会長小島ほか役員四名及び事務局長中條が、平成元年一一月一四日から同月一七日にかけて行った東京都内への立地要請行動の際、幌延町から東京都までの旅費、日当、宿泊費及び暖房料各相当額の六名分合計として支払われた五四万九二一〇円と、議員協の役員前田武人及び事務局長中條が、平成二年三月二七日から同月三〇日にかけて行った東京都内への立地要請行動の際、旭川市から東京都までの旅費、日当、宿泊費及び暖房料各相当額の二名分合計として支払われた二一万二六四〇円である。
なお、議員協の構成員はいずれも特別公務員たる地方議会議員であり、また、事務局長も地方公務員たる幌延町職員であったので、右費用の計算は、幌延町の公務員が、それぞれの公務のため出張する際に用いられる旅費日当規程に基づき算出された。
ろ 挨拶まわり費用 二万六〇〇〇円
ただし、平成元年一二月二日から同月三日にかけて、議員協の会長小島及び事務局長中條が、留萌市まで挨拶まわりに行った際、旭川市から留萌市までの日当及び宿泊料相当額の二名分合計として支払われたものである。
エ 借上料
い 総会及び役員会等の車代 三万七一八七円
ただし、総会時のタクシー代二万四八五〇円、一一月一四日の立地要請行動時のタクシー代一万一九二五円及び送金手数料四一二円である。
ろ 総会会場使用料 三万六四五〇円
ただし、総会時の幌延町公民館の使用料である。
(甲四、二五、二七、四〇、四一、証人小島、同中條)
(五) 議員協設立後の幌延町、周辺市町村及び北海道の動向等
(1) 平成二年七月二〇日、北海道議会は、第二会定例会において、幌延町への「貯蔵工学センターの設置に反対する決議案」を可決した(甲二〇(No.80、81))。
(2) 一方、平成二年六月一二日には、豊富町議会が、立地促進の請願や陳情を可決し、同日、中頓別町及び天塩町の両議会においても、工学センターの立地推進の議案が調査特別委員会にかけられたが、いずれも結論は持ち越しとなった。
ところが、右決議を行った豊富町においては、その後、右決議に対し、有権者から促進決議を積極的に押し進めた二名の同町議会議員に対する解職請求がなされ、同年一一月二五日、この二名は解職されるに至り、平成三年三月一二日、同議会は、工学センターの立地反対の決議案を可決した。
その他、北海道内においては、平成二年一〇月二四日、札幌市議会が工学センターの立地に反対する趣旨の「貯蔵工学センターに関する意見書」を採択し、同年一二月二〇日には、函館市議会が高レベル放射性廃棄物貯蔵・研究施設の建設に反対する決議案を可決するなどしている。
(甲九、一二ないし一五、二〇(86、91、93、100))
(3) 平成二年一二月二日、幌延町長選挙が行われたが、この選挙においても、幌延町内への工学センターの誘致の当否が争点となり、右選挙には、誘致推進の立場をとる被告上山町長、北海道や周辺市町村において工学センターの建設計画推進の合意が得られるまでは慎重に対応するとの立場をとる中条勲、誘致反対の立場をとる佐藤広武が立候補した。その結果、有権者数二四五一名のうち、一二二六票を獲得した被告上山町長が、九七七票を獲得した中条候補及び一〇九票を獲得した佐藤候補を破って当選した。右三者の獲得票数の合計すなわち有効投票総数に占める被告上山町長の獲得票数の割合は五三パーセント、中条候補の獲得票数の割合は四二・三パーセント、佐藤候補の獲得票数の割合は四・七パーセントであり、有権者数に占める被告上山町長の獲得票数は五〇パーセント、中条候補の獲得票数は三九・九パーセント、佐藤候補の獲得票数は四・四パーセントであった。
(甲二〇(No.97ないし99)、乙一、弁論の全趣旨)
(六) その後の議員協の活動状況等
(1) 平成二年五月二八日、議員協の定期総会が開催され、前記(四)で認定の活動内容及び収支の決算が報告されるとともに、平成二年度の事業計画案及び予算案が決議された。
右決議にかかる事業計画は、前記(一)、(19)で認定の平成元年度と同じ内容であり、また、予算中の収入として、会費等のほか、幌延町からの補助金が三〇〇万円計上されていた。
(甲四)
(2) 議員協は、平成二年五月二八日以降平成三年七月三日までの間、平成三年一月二四日に正副会長会議が開催されて今後の活動方針について協議するとともに、幌延町に対し、平成三年度における要請行動にかかる経費として七〇万円の助成を要望した以外、特に活動は行わなかった。
なお、右期間中の議員協の活動に対し、幌延町からの補助金は交付されず、収入のほとんどは会費であり、五五名が合計一六万五〇〇〇円を支払った。また、支出は(1)記載の総会の会議費一六万一九〇〇円と事務費五万二二七七円が支出されたのみであった。
(甲二五、二八)
(3) 平成三年七月三日、議員協の定期総会が開催され、右活動内容及びその間の収支の決算が報告されるとともに、平成三年度の事業計画案及び予算案が決議された。
右決議にかかる事業計画は、おおむね前記(一)、(19)で認定した内容と同様であるが、北海道レベルで工学センター計画の誘致期成会組織づくりをすすめることが削除される一方、議員協への新規加入に賛同する構成市町村議会議員の加入促進を図ることが新たに挙げられた。
また、右予算中の収入として、会費等のほか、幌延町からの補助金が七〇万円計上されていた。
(甲二五)
(4) 議員協の、平成三年七月三日以降平成四年六月三日までの間の活動内容はおおむね次のとおりである。
すなわち、平成三年一二月九日から一〇日にかけて、会長ほか二名が、猿払村、中頓別町、浜頓別町、中川町、天塩町、豊富町に対し、立地促進協力要請活動を行い、同月一二日に役員会を開催した上、同月二〇日に幌延町に対し平成四年度における要請行動にかかる経費として七〇万円を助成するよう要望し、平成四年一月二九日には、会長ほか三名が、稚内市において立地促進協力要請活動を行った。
更に、同年二月一八日から二一日にかけて、会長ほか九名が、札幌市及び東京において、工学センター立地に関わる関係省庁、動燃、政党中央本部、北海道議会等に対し、立地推進要請行動を行った。右行動の反省協議は、同年三月二七日に行われている。
また、その間の収支については、収入が、六一名が支払った会費一八万三〇〇〇円のほか、幌延町からの補助金七〇万円等であり、他方、支出としては、右(3)で認定の総会費用七万五七四〇円、右の東京等への要請行動費として八名分の旅費及び交際費合計七三万六一一〇円、事務費七二一円であった。
(甲二六、二九)
(5) 平成四年六月三日、議員協の定期総会が開催され、右(4)で認定の活動内容及びその間の収支の決算が報告されるとともに、平成四年度の事業計画案及び予算案が決議された。
右決議にかかる事業計画は、前記(3)と同一であり、また、右予算中の収入として、会費等のほか、幌延町からの補助金が七〇万円計上されていた。
(甲二六)
2 以上認定の各事実を前提に、本件議決及び本件補助金交付決定が、地自法二三二条の二に違反するといえるか否かについて検討する。
(一) 地自法二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合には、寄付又は補助をすることができる。」と定め、地方公共団体が補助金を交付する場合に、公益上の必要性が存在することを要件としていることは、地方公共団体の存立目的からいって当然のことである。しかしながら、公益上の必要性は、本来地方公共団体の議会や首長が政策的に決定することである上、実質的に考えても、地方公共団体は、憲法九二条に規定された地方自治の本旨及びその内容を具体的に規定した地自法等の理念に基づき、その地域内の住民が行政権に対して要求する様々な政策要求に対し、その優先関係を政治的に決定してその行政目的を達成し、もって、住民の福祉を増進するところにその本質があるのであるから、公益上の必要性の有無の判断は、第一次的には、当該地方公共団体の議会や首長こそが、これをよく判断し得るものであって、その裁量に委ねられていると解すべきである。
もっとも、地自法二三二条の二が、地方公共団体が行う補助金等の交付について、公益上の必要性という要件を課した趣旨は、恣意的な補助金の交付によって、当該普通地方公共団体の財政秩序を乱すことを防止する点にあると解されるから、地方公共団体が交付した補助金について、客観的にその公益性が認められないなど、地方公共団体の議会や首長が、補助金を交付することを内容とする予算案を議決し、あるいは、補助金を交付するに際して行った公益上の必要性の存在に関する判断過程に、裁量の逸脱又は濫用があったと認められる場合には、当該補助金の交付は、同条に違反して違法と判断されるものと解するのが相当である。
そして、地方公共団体の議会や首長が補助金交付の際に行った公益上の必要性があるとの判断に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かは、当該補助金交付の目的、趣旨、受交付団体の目的、構成員、活動状況あるいは活動計画等諸般の事情を考慮し、また、他の諸規範との総合的な評価をして、これを決すべきものであるが、その際、いかなる政策を選択し、これを推進することが公益に合致するかについて、当該地方公共団体の住民の意思が明らかである場合には、右住民の意思に合致するか否かが極めて重要な要素となるというべきである。
(二) ところで、原告らは、まず、本件議決は、議員協が存在しないにもかかわらずなされたものであるところ、議員協が存在しない以上、これに対する補助金交付に公益性があるか否かについて判断することはそもそも不可能であるから、本件議決は地自法二三二条の二に違反する旨主張する。
しかしながら、前記1、(二)、(18)以下に認定したとおり、平成元年七月二二日の時点において、議員協が、幌延町及び周辺市町村議会の、工学センターを幌延町に誘致すべきであるとの意見を有する議員約六三名で構成されることが定まっていたほか、議員協の規約案、平成元年度の事業計画案及び予算案は、平成元年八月三〇日の時点において、既に成案に至っていたこと、右規約案等の内容は、前記一、(二)、(19)記載のとおりであるほか、右規約案中には、役員、議決機関等に関する定めが置かれていたこと(甲一)、また、前記1、(三)、(1)で認定のとおり、右規約案等は、同年一〇月二一日の設立総会において、そのまま可決されていること、が認められ、このような事情に鑑みると、たとえ、本件議会がなされた同年九月一九日の時点において、個々的な構成員が具体的に決まっていなかったとしても(この点は証拠上明らかではない。)、議員協の目的、事業内容、議決機関、執行機関、財政運営については、これらが正式に議決されていると否とを問わず、少なくともその時点の確定内容として定まっていたのであるから、議決の時点では、その議決の時点において定まっていた右事項を判断要素として、将来において設立総会がなされるべき議員協への補助金支出に公益上の必要性があるか否かの判断をすることは十分に可能であるというべきである。
したがって、このような要素が全く確定していないことを前提とする原告らの右主張は、その前提を欠き、失当である。
なお、本件議決の際の議事録である甲三二には、審議の際、議員協の目的等右の諸事項についての明示的な説明がなされたことを認めるに足りる記載はなく、また、前記の事業計画案や予算案は、右審議の際に提出はされなかったことが認められる(被告町長兼被告上山本人)。しかしながら、他方、甲三二によれば、その内容は明らかではないものの、被告上山町長が、一般行政報告として議員協に関する説明を行い、また、幌延町の財政課長から本件補助金の支出に関する事項を含む平成元年度幌延町一般会計補正予算案について、また、同町の振興課長からも、議員協の目的や事業内容及びそれを遂行するに必要な経費等について、それぞれ提案理由の説明がなされていること、原告川上においても、議員協の設立の目的につきある程度の認識を持ちつつ質疑を行っていることが認められるほか、原告川上以外の同町議会議員はすべて議員協の構成員となっていること(争いのない事実)、右審議の際までに、議員協は工学センターの立地の推進を図ろうとする一市七町村の議会議員で構成されることは明らかになっていたこと(弁論の全趣旨)に照らせば、将来正式に発足する議員協に対し、補助金を交付することの公益上の必要性を判断する上で必要な事情は、右議決の際に現に考慮されていたものというべきである。
(三) 次に、原告らは、本件補助金交付決定が、それ自体として地自法二三二条の二に違反する理由として、前記第二、2、(一)、(3)記載のとおり、るるこれを主張しているところ、それぞれの主張が別個独立の主張なのか、それとも本質的に同じ主張を表現を変えてしているに過ぎないのか、必ずしも明確ではない。しかしながら、その全体を通して、本件のように、幌延町の工学センター立地問題に関して賛否の意見対立が極端に存在する中で、工学センターの誘致推進という民意の形成を目的とし、かつ、地方公共団体に設置された議会の議員のみにより構成された団体に対し、他の地方公共団体の議会に一定の議決をなさしめ、あるいは一定の世論を形成させる目的で補助金を交付することは、民意の形成過程に対する公権力の介入であり、また、一党一派の政治的団体に対する補助金の交付という側面からは言論の自由市場に対する公権力の介入であり、憲法や地自法が定める議会制民主主義の理念に反するゆえに、地自法二三二条の二所定の公益上の必要性は認められない旨の主張をしていると解されるので、まずこの点について検討する。
(1) 憲法は、九三条において、地方公共団体に議会を設置すること並びに地方公共団体の長及び右議会の議員は、その地方公共団体の住民が直接選挙することとし、地方公共団体の議会議員のみならず、首長の公選制をも明示するとともに、九二条において、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本旨に基づいて法律で定めるべきことを定め、これを受けた地自法は、地方公共団体の住民に対し、当該地方公共団体に対して直接請求をする権利、すなわち、条例の制定改廃請求権(七四条)、監査請求権(七五条)、議会の解散請求・投票権(七六条)、議会の議員及び首長の解職請求・投票権(八〇、八一条)を有することを定めているのであって、地方公共団体の組織及び運営に関する事項を定めるにあたり、憲法九二条に定める「地方自治の本旨」をよりよく体現するためには、地方公共団体の意思決定の形成過程に住民が直接参画することを認める右のような制度を採用することが必要であるとの認識のもとに、このような制度が導入されているものと解される。このような制度が採用されている結果、地方公共団体が採るべき政策に関する意思決定は、その住民が直接選挙した議会の議員で構成される議会及び直接選挙した首長によって行われるといういわゆる代表民主制の制度のほか、その地域内の住民も直接これに参画することを認める直接民主制の制度も採用されているのである。
(2) ところで、地方公共団体の政策に関する住民の意思決定は、代表民主制下においては、個々の有権者による地方公共団体の議会議員及び首長(以下「地方公共団体議会議員等」という。)の立候補者への投票行為の総体としての選挙において表明されるところ、地方公共団体議会議員等の選挙手続を定める公職選挙法によれば、地方公共団体議会議員等の選挙に当たり、複数の候補者が立候補した場合には(ただし、地方公共団体の議会議員については、同法四条、地自法九一条等による定員以上の立候補者が立候補した場合)、同法一〇〇条の規定は適用されず、選挙人名簿に登録された有権者が同法所定の手続にしたがって投票を行い、当選人は、一定票数以上の法定得票数を得ることを条件に、最多投票を得た者を当選人とする(公職選挙法九五条)という比較多数票主義によって決定され、決定された当選人は、特段の事情のない限りは、何らの意思表示をも要することなく、当該公職の身分を取得することとされている(公職選挙法一〇二条ないし一〇四条)。右のような選挙形態においては、複数の立候補者が、個々の選挙運動(公職選挙法第一三章)を通して、それぞれ自己が正当と信ずる政策を有権者に知らしめ、他方、個々の有権者は、複数の立候補者の政策を比較吟味し、その結果、自らの代表者として行動するに値すると考えた候補者に対して投票を行うことを当然の前提としている。したがって、地方公共団体の政策決定に当たる地方公共団体議会議員等の候補者は、このような個々の有権者の投票を総合して、法定得票数以上の得票を得さえすれば、有権者ないしは有効投票の過半数に満たなくとも、地方公共団体の議会議員については得票数の多い者から順次定数に達するまでの候補者が、地方公共団体の首長については最も多数の住民が支持した政策を掲げた候補者が当選人となって原則的に当該公職の身分を取得することになり、もって、当該地方公共団体の住民の代表者たる地位を取得することになる。
そして、地方公共団体議会議員等が行う当該地方公共団体の政策決定に対しては、前記(1)で説示したとおり、住民が、直接請求の方法により、その過程に参画することができることに徴するならば、住民の代表者である地方公共団体議会議員等は、政策決定の過程において、国会議員等の場合に比べて、より有権者たる住民と緊密で直接的な関係にあり、それだけにいっそう強く、自己が選挙運動中に明らかにした見解ないし政策を現実に実行に移すべき政治的責任を負うものといわなければならない。
他方、当該当選人が明らかにした政策に対して反対の意見を持つ住民も、前記の直接請求の方法により、当該地方公共団体の意思決定に直接参画し、もって、自らの意見を直接地方公共団体の意思決定過程に反映させる余地があり、特に、当選人が有効投票の過半数を獲得できなかったような場合には、これらの方法による意思の反映が、より有効に機能するということができる。
(3) 原告らは、前記のとおり、本件補助金の交付は、民意の形成過程に対する公権力の介入である旨主張するところ、原告らが主張する「民意」とは、幌延町の住民の意思という意味と、隣接市町村の住民の意思という意味を指称しているものと解される。
ア しかしながら、前記1、(二)で認定したとおり、幌延町内においては、昭和五七年一二月二六日に、当該誘致の対象とされていた低レベル核廃棄物処理施設の幌延町内への誘致の当否を争点とする同町長選挙が行われ、誘致の推進政策を採るべきだとの見解を明らかにしていた成松町長が有効投票数の六五パーセント強を獲得して当選し、また、成松町長が右誘致の対象を高レベル核廃棄物貯蔵施設(工学センター)とする旨明らかにした後、幌延町議会が昭和五九年七月一六日に右施設の誘致を決議する等の経過の後に実施された昭和六一年一二月七日の同町長選挙においても、施設の安全性の検討や周辺市町村の理解が必要としながらも、右施設の誘致の推進政策を採るべきだとの見解を明らかにしていた被告上山町長が当選したところ、被告上山町長の獲得票数と、同じく推進の意見を明らかにしていた成松町長との合計は、有効投票総数の七三パーセントを占め、更に、昭和六二年四月二六日に行われた同町議会議員選挙においても、誘致推進の政策を明らかにしていた議員の獲得票は、有効投票総数のうち八六・三パーセントを占めていたことが認められる。また、本件補助金交付決定後ではあるが、平成二年一二月二日に行われた同町長選挙においても、右施設の誘致推進の政策を明らかにした被告上山町長が、有効投票数のうち五三パーセントを獲得して当選していることが認められる。
このような事実及び前記1、(二)に認定した幌延町内におけるその余の投票結果や住民に対するアンケート調査の結果に徴すれば、幌延町の住民のうち、少なくともその過半数は、同町内への高レベル核廃棄物貯蔵施設(工学センター)の誘致政策が一般に明らかになった昭和五九年四月ころ以降、その実現に至る手順ないし態様の問題は別にして、工学センターの誘致自体については、一貫してこれを推進すべきだとの意思表明をしてきたものと認めるのが相当である。前記1、(二)で認定した昭和六二年四月二四日に行われた北海道知事選挙の際の投票結果は、右選挙の性格に鑑み、幌延町への工学センター立地の是非のみが争点であったとは認め難く、右認定を左右するものではない。
したがって、右のような住民による投票行為を内容とする選挙の結果、当選した被告上山町長や幌延町議会の議員としては、住民の過半数の意思に合致し、かつ、自らもその正当性を選挙運動期間中に主張していた幌延町への工学センター誘致のための政策を、自らの行政目的として積極的に実現していくべき政治的責任を、いっそう強く幌延町の住民に対して負っているというべきであり、逆に、右責任を放棄し、あるいはこれを怠ることは、取りも直さず、住民らによる解職請求等の直接請求を惹起するおそれを生じさせるということができる。本件補助金交付決定は、被告上山町長によって、幌延町への工学センターの誘致を推進するという過半数の住民の民意に添う政策の一環として、かかる政策の推進に協力する議員協の経費を助成負担することが、全体的にみて右政策を推進するために望ましいとの政治的決断のもとになされたものであることは、前記第二、一、2、(二)で認定の本件補助金交付要綱の目的から明らかであるから、原告らによる本件補助金交付決定が、幌延町の住民の民意形成過程に対する侵害であるという主張は、要するに、幌延町への工学センター誘致に反対する意見を持つ同町住民の少数に対する侵害であるということを意味するに止まるか、あるいは、未だ反対意見が同町内の住民の中に存在するにもかかわらず、本件補助金交付決定をしたことは、工学センター誘致の推進という行政目的を実現するための手法として不当だということを意味するに過ぎない。しかしながら、後者は、仮に不当という見解が成り立ち得るとしても、何ら違法適法の問題を生じ得ないし、前者についても、前記のとおり、工学センターの誘致を推進すべきであるとの見解を明らかにした上、幌延町の住民の投票によりそれぞれの身分を取得した被告上山町長や幌延町の町議会議員は、幌延町の過半数の住民が、右選挙において、幌延町内への工学センター誘致を推進すべきである旨の意思表示をしている以上、自らの右見解を政策を実行すべき政治的責任を同町内の住民に負っているのであるから、議員協に対する本件補助金交付決定によって、右政策の推進を図ることにより、結果的に工学センターの誘致に反対する意見を持つ住民の意思が右政策に反映されない事態が起こるとしても、選挙により多数の得票を得た者を自らの代表者とし、議会に対してこれに条例や予算の議決権等を与え(地自法九七条)、また、首長に対して行政の管理執行権や代表権を与える(地自法一四七条、一四八条)という現行地方自治制度や、地方公共団体の議会が過半数によって議事を決定する(地自法一一六条)という民主主義の原則を肯認する以上、不可避的に生じる問題である。更に、本件補助金交付決定が、原告らを含めた工学センターの誘致に反対する意見を有する住民らの活動を抑圧したり、その切り崩しを図る目的でなされたものであることを認めるに足りる証拠はなく、工学センターの誘致を推進する運動を助成することを目的としていたに過ぎないことは、前記認定説示のとおりである上、被告上山町長において、むしろ、右反対の意見を有する住民らの集会等に対しても、同町公民館等の公共施設の使用を許可していること(乙一二)に照らすならば、被告上山町長がした本件補助金決定が、幌延町の住民の意思に対して違法な介入と目し得る行為であるとは到底解することができない。
なお、甲七(一一七頁)、二〇中には、幌延町の住民らによる選挙の際の右意思表示は、幌延町の住民が、工学センターの安全性について十分な情報を与えられた上で行われたということはできないから、選挙において表明された同町の住民の意思は未だ確定的ではないかのような記載がある。
しかしながら、前記1、(二)で認定のとおり、幌延町は、その広報誌等を通して、工学センターの安全性等について住民に対して説明を繰り返しているのみならず、昭和五七年三月ころ以降は低レベル核廃棄物貯蔵施設の誘致に対し、また、昭和五九年四月ころ以降は工学センターの誘致に対して、それぞれ反対の意見を持つ住民らによる誘致反対活動も活発に行われていたと認められるほか、前記各選挙の際には、いずれも右施設の誘致に反対する意見の立候補者もいたのであるから、住民が十分な情報を与えられずに投票行為を行ったとの右主張は、その前提を欠くものというべきである。ひるがえって考えるに、そもそも、選挙における有権者の投票行為が、いかなる情報のもとに、いかなる意思決定の過程を経てなされたか、あるいは、異なった意見を十分に比較吟味して行われたか否かということは、何人も事後これを検証することはできないのであって、他方、各候補者の意見について吟味に吟味を重ねて投票行為の内容を決定した有権者の投票も、各候補者の意見に対する十分な検討をせずに投票行為の内容を決定した有権者の投票も、その価値においては平等と扱うというのが普通選挙の理念である。してみると、選挙においては、各有権者の投票行為の結果自体が、自らの代表者を選ぶ意思表示として、また、地方公共団体の政策決定に対する意思表示として、その意味を持つというべきであり、公権力等による情報操作あるいは弾圧のもとに選挙が行われたなど、右のように解することを妨げるべき特段の事情が外形的に認められない限りは、いかなる情報のもとに、いかなる意思決定の過程によりその投票行為の内容を決定したかを問題すること自体無意味といわざるを得ない。本件において、右のような特段の事情に該当するような事情は全くうかがわれない。
イ 次に原告らは、本件補助金交付決定は、幌延町の周辺市町村の民意の形成過程に対する侵害である旨主張していると解されるので、この点について検討するに、原告らの右主張は、議員協が、周辺市町村の議会において工学センターの誘致を推進すべきであるとの議決を得ること及び周辺市町村において工学センターの誘致を推進すべきであるとの世論の形成を図ることを目的する団体であることを前提とし、かつ、これを重要な根拠としているものと解される。
なるほど、仮に、本件補助金交付決定が、これら周辺市町村の議会において誘致賛成の議決をし、あるいは、隣接市町村の住民の多数の意思を誘致賛成に向かわせることを目的とする団体に対して交付されたと認められる場合には、他の地方公共団体における民意の形成過程あるいは他の地方公共団体の議会の議決過程に対する干渉を目的する団体に補助金が交付されたものとして、当該団体に対する補助金交付決定が違法と判断される余地がないではない。
しかしながら、たとえ当該被補助団体が右のような目的をもっていたとしても、かかる目的が当該被補助団体内において占める重要性の程度や、当該被補助団体が右目的に資するための活動内容ないしは活動計画の態様と右目的との関係等の諸事情如何によっては、当該団体に対する補助金交付が適法と解される余地もあるのであるから、本件補助金交付決定が、他の普通地方交共団体の住民の意思に対する違法な干渉といえるか否かは、これらの点を総合的に考慮して判断するほかはない。
これを本件についてみると、前記1、(二)で認定のとおり、本件補助金交付決定がなされた当時は、周辺市町村の議会においては、豊富町議会を除き、工学センターの立地ないし建設の当否については未だ何らの決議もなされていないか、あるいは、むしろこれに反対する議決の方が多くなされている状況にあったことが認められ、また、このような事実に徴すれば、隣接市町村の住民で工学センターの立地に否定的な意見を持つ者が広範囲に存在していたものと推認されること、一方、被告上山町長は、前記1、(二)、(17)で認定のとおり、科学技術庁や動燃の職員から、幌延町を含めた周辺の八市町村の過半数が工学センター誘致に賛成の議決をすれば、工学センターの着工に踏み切りやすい旨の発言を受けていたこと、前記1、(二)、(19)及び1、(三)、(1)で認定のとおり、議員協が右八市町村に該当する幌延町、天塩町、中川町、中頓別町、浜頓別町、猿払村、豊富町、稚内市の各議会議員で構成されている上、その事業内容として、「関係市町村の理解と協力を得るための運動展開」を挙げていることのほか、被告上山町長が、本件議決を審議する過程において、原告川上の質問に対し、議員協としては、いずれ工学センターの誘致に対して賛成の議決を得れば、その運営費用を負担する意向を有している旨答弁していること(甲三二)、証人小島も、あいまいながらも、議員協の目的が、周辺の市町村において、誘致推進の決議を得ることであることを否定していないことなどの諸事情を総合すれば、議員協が、右八市町村において、工学センターの誘致に対する賛成の世論を形成し、またそれぞれの議会において、工学センターの誘致に対する賛成の議決を得ることをその究極の目的にしていたことがうかがわれなくはない(もっとも、被告上山町長は、あたかも議員協に右に認定した目的が全くないかのような供述をしているが、右の諸事情に照らすといかにも不自然であり、信用することはできない。)。
しかしながら、他方、議員協の設立総会で正式に議決された議員協の平成元年度の事業計画は、前記1、(二)、(19)及び1、(三)、(1)で認定のとおり、北海道や北海道議会、北海道開発庁等の国の機関、動燃、政党の本部等のほか、周辺市町村の首長及び議会議長に対する工学センターの立地促進の陳情を実施することのほか、下部組織の支援及び各市町村ごとに説明会や勉強会を実施することや北海道レベルで工学センター計画の誘致期成会づくりをすすめること等が挙げられているにもかかわらず、議員協の平成元年一一月二一日から平成二年三月三一日までの活動内容は、前記1、(四)、(1)で認定のとおり、会議のほかは、隣接市町村の首長や議会議長に対する挨拶まわりと、札幌市や東京都への工学センター立地要請のための陳情をしているに過ぎず、このような事情は、前記1、(六)で認定のとおり、その後の議員協の活動においても同様である。
右のような事情に照らすならば、議員協が、前記のとおり、八市町村において、工学センターの誘致について賛成の世論を形成し、またそれぞれの議会において、工学センターの誘致に対する賛成の議決を得ることを究極の目的にしていたことがうかがわれるといっても、現実に行っている活動に徴する限り、札幌市や東京都における関係行政庁や北海道議会、あるいは幌延町の隣接市町村の首長や議会議長に対する陳情活動を行うことをその具体的かつ主要な存在目的とする団体と認めざるを得ないのであって、右認定を前提とする限り、かかる陳情活動がいかなる意味においても、他の地方公共団体における民意の形成過程に介入するものとは到底いえないことは明らかである。
もっとも、前記認定のとおり、議員協は、幌延町の周辺市町村の住民に対して、工学センターの誘致について賛成の意見を持たせ、また、周辺市町村の議会において、右誘致について賛成の議決を得る目的をも併せ有する団体であることは否定し得ず、このことに照応して、前記1、(二)、(19)記載の「各市町村ごとに説明会や勉強会を実施すること」や「誘致期成会づくりをすすめる」ことが事業計画として挙げられたものと推認される。しかしながら、本件の全証拠によっても、議員協が現実に右の事業計画に添う活動を行ったことや、右事業計画に挙げられたこと以外に、右目的の実現に向けて、周辺市町村の住民や議会の議員に対して何らかの具体的な行為に及んだことはうかがわれないし、右事業計画立案時あるいは決定時に、右事業計画を実施する上で、あるいは、右の事業計画以外に右目的を達成するために、議員協又はそれを構成する各議会議員が、幌延町の周辺市町村の住民や議会の議員に対し、具体的にいかなる行動を行うことを計画していたかということも証拠上明らかではない。したがって、「各市町村ごとに説明会や勉強会を実施すること」や「誘致期成会づくりをすすめること」の方策としては様々な態様や方法が想定され得るのであるから、議員協が前記のような事業計画ないし目的を有していたからといって、そのことから直ちに議員協が周辺市町村における民意の形成過程に対する介入を目的とするものと即断することはできず、むしろ、前記認定のとおり、議員協が、関係諸機関等に対する陳情活動を主たる目的とする団体であることに鑑みると、議員協が、幌延町の周辺市町村の住民に対して、工学センターの誘致について賛成の意見を形成させ、また、周辺市町村の議会において、右誘致について賛成の議決を得るという目的を併せ有するといっても、それは議員協の構成員が行う活動の直接的な目的というよりは、議員協の構成員による様々な具体的な活動の結果、幌延町の周辺の住民らによる自主的な意思決定に基づき、結果的に達成されるべき目標に過ぎないものというべきである(証人小島の供述はこのような認定と矛盾するものではないし、甲三二中の被告上山町長の前記答弁部分は、議員協の目的に関する答弁というよりは、むしろ、主として議員協の費用を幌延町のみが負うべきか否かという点に関してなされたものであるから、その限度での答弁に止まり、必ずしも右認定の妨げにならないというべきである。また、証人嘉納は、議員協が周辺市町村の議会において工学センターの誘致賛成決議を得ることが直接的な目的であるかのような証言をしているが、同人は平成三年七月に至るまで議員協の会議に出席したことはなく、また、議員協の活動内容も知らないというのであるから、その信用は低い。)。
してみると、幌延町が、その地方公共団体の事務として、工学センターの誘致に関する政策をおよそ採ることができないというならば格別、幌延町がこの点について何らかの政策を採り得ることを原告らが何ら争っていない本件においては、幌延町の住民の過半数の意思を政策として実現するために、右のように関係諸機関に対する陳情活動を主たる目的とし、かつ、そのような活動のみを現実に行っている団体に対し、補助金を交付することには、何らの違法性もないというべきである。
(4) また、原告らは、工学センターの誘致の当否について、住民間で争いがあるにもかかわらず、誘致を推進すべきだとの意見を持つ者のみで構成されている団体に対し、補助金を交付することは箸しく不公平であり、違法である旨主張する。
しかしながら、一つの地方公共団体にとって、何が公益か、また、複数の想定し得る公益の中で、そのいずれを優先的に実施していくべきかは、憲法九二条に定める地方自治の本旨に則り、具体的には、その決定は、公職選挙法等に定められた手続による選挙における候補者への投票や、地自法に定められた直接請求の方法により、当該地方公共団体の住民が決定すべきものであることは、すでに説示したとおりである。
本件においては、工学センターの幌延町への誘致の当否に関し、幌延町内のみならず、周辺の市町村や北海道の住民、あるいは国民の内部において、右施設を誘致することとしないことのいずれが公益に合致する所以であるかについて、意見が対立していることは、前記1、(二)で認定した各事実より明らかであるが、前記1、(二)で認定したとおり、幌延町の過半数の住民は、工学センターの誘致の当否が大きく争点として争われた同町の町長選挙や議会議員選挙において、工学センター誘致がもたらす経済的波及効果と原子力関連施設の安全性への不安という功罪の有無及びその程度について政治的判断をした結果、その具体的な実施態様は別にしても、幌延町による工学センターの誘致自体はこれをすべきであるとの意見を表明しているものとみられるのであり、このことは、同町の住民の過半数は、同町に工学センターを誘致することが、同町の公益に合致するとの意思表示をしているものということができるのである。したがって、右のような意見を明らかにして当選した被告上山町長や同町の議会議員は、幌延町の住民に対して、右施設を誘致するための政策を実施すべき政治的責任を負っているのであり、このような立場にある被告上山町長や同町議会が、同町の過半数の住民の意思にしたがって、そのための政策を実施し、当該政策の推進実現に協力する者の団体に対してその経費等を助成することが、全体としてみて右政策の実現にとって必要であると判断することは、そのような政策を実施することが幌延町の事務に含まれると解し得る限り、むしろ民主主義の基本原則に叶うものであり、その結果として、工学センターを誘致すべきであるとの意見が、これに反対すべきであるとの意見に比べて、政策の決定及び実行手続上有利に扱われることになるのはやむを得ないところであって、何ら違法ということはできないというべきである。
もとより、議決機関や行政権の執行機関が、その政策を決定するに当たり、また、一定の政策を実行するに当たり、住民間の平等を害することのないように配慮すべきことは当然であるが、行政の本質が、多様化する価値観の中で、住民ないし国民から寄せられる様々な政治的要請について、その優先順位を選択決定した上で具体的な政策を実行し、もって、国民や住民の福祉を実現していくことにあることに照らすと、議決機関や執行機関が、全ての価値観をおよそ形式的に平等に取り扱うことはあり得ないし、むしろ、一定の価値観を相互に比較検討してその優先順位の判断を行うからこそ、限られた予算の範囲内で、個々の具体的な政策を実現していくことができるのであり、このような判断をすることなく、全ての価値観をおよそ形式的に平等に取り扱いながら、一定の行政目的を達成することは不可能である。このような事理は、住民相互間の平等といった問題とは全く次元を異にする問題である。
(5) なお、原告らは、議員協が政治的活動をその活動内容としていること、また、議員協が政治的団体であることを理由に、本件補助金交付には公益性がない旨主張するが、政治的団体に対する地方公共団体の補助金支出を規整する根拠規定は、地自法二三二条の二以外には存在しない(最高裁昭和五三年八月二九日第三小法廷判決・判時九〇六号三一頁)のであり、このことは、政治的活動を行う団体に対する補助金についても同様に解し得るから、議員協が政治的団体か否か、政治的活動を行うか否かを判断する意味はない。
もっとも、原告らのこの点の主張は、要するに、被告町長は、幌延町の執行機関として、工学センターの同町内の誘致の当否に関する全ての意見を平等に取り扱わなければならないのに、特定の政策の遂行を目的とする団体に対してのみ補助金を交付することは、民主主義の理念に反するという趣旨と解されるところ、右主張に対する当裁判所の判断は、前記(3)、(4)において説示したところと同一であって、本件補助金決定は何ら民主主義の理念に反するものではなく、むしろ、民主主義の理念に叶うものというべきであるから、到底採用することができない。
(四) 次に、原告らは、本件補助金交付決定が、それ自体として地自法二三二条の二に違反する理由として、議員協は、その構成員の七〇パーセントが、幌延町以外の地方公共団体の議会議員であるから、このような団体に対する補助金の交付は、同町の公益に合致せず、また、議員協は、周辺市町村の活性化をもその目的とするから、その活動は幌延町の公益には合致しない旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、幌延町内の過半数の住民は、工学センターを同町へ誘致することが、同町の公益に合致すると考えているのであり、一方、本件補助金交付決定が、工学センターの誘致を実現するための方策の一環としてなされたことも前記認定説示のとおりであるから、右施設の誘致を実現するための活動を行う団体に対して補助金を交付するのであれば、その構成員に他の地方公共団体の議会議員や住民が含まれているか否か、あるいは、これらの者がいかなる動機によって議員協の構成員となったかということは何ら関係がないものというべく、この点の主張は失当である。
また、議員協の目的として、周辺市町村の活性化をもその目的することは、前記1、(二)、(19)及び1、(三)、(1)で認定のとおりであるが、その趣旨は、幌延町が抱える過疎や産業不振といった問題は、周辺市町村においてもその程度の差異はあれ、同様に抱えているのであり、このような事情からすれば、幌延町のみの努力によって右の問題を解決することには限度があり、工学センターを幌延町に誘致することにより、同町と周辺市町村を全体として活性化させ、もって、同町が抱える右問題を解決するということを意味する(被告上山兼被告町長本人、弁論の全趣旨)のであるから、この点について、かかる目的を持った議員協に対する本件補助金交付決定が幌延町の公益上の必要性があるとした被告上山町長の判断には、何ら不合理な点はなく、原告のこの点の主張も理由がない。
(五) 更に、原告らは、議員協が、その収入の大部分を幌延町の補助金で賄う団体であるから、このような経済的な自助努力がされていない団体に対する補助金支出は、際限のない濫費に陥る可能性があることを理由に、本件補助金交付決定には公益性がない旨主張するところ、なるほど、議員協の収入の大部分が同町の補助金によって構成されていることは前記1、(二)、(19)や1、(三)、(1)、また、1、(四)、(2)及び1、(六)で認定したとおりであるが、本件補助金交付要網によれば、議員協に対する補助金の申請は、事業計画案及び収支予算書を添付してこれをなし、被告町長において、その当否を審査して補助金の額を決定するとされている(甲二、乙一三の1ないし4)のであるから、被告町長による右審査が適正に行われている限り、際限のない濫費に陥ることはないといえるし、また、前記1、(四)、(2)及び1、(六)で認定した議員協の支出をみれば、明らかに公益性がないとまで、断定し得る支出はないといわざるを得ないから、補助金がその収入の大部分を占めるとの一事をもって、議員協の活動に公益性がないとはいうことはできない。
(六) 前記1、(二)で認定した事実及び右(一)ないし(五)で認定説示したところによれば、本件補助金交付決定は、幌延町内に工学センターを誘致すべきか否かが争点となった選挙において、右施設を誘致すべきであるとの意見を表明して当選した被告上山町長が、同じく右の点を争点とした選挙において右施設を誘致すべきであるとの見解を表明して当選した議員一三名及び右施設を誘致すべきではないとの見解を表明して当選した議員一名(原告川上)とから構成される同町議会の議決に基づき、右施設誘致という政策を実現するための方策の一つとして、右誘致の推進実現に協力するべく関係省庁等に対する右施設の立地促進の陳情をすることを目的とする議員協に対し、その経費を助成することが、全体としてみて右政策の実現にとって必要であるとの政治的判断にしたがってなされたものであること、また、工学センターの誘致の当否について、幌延町の過半数の住民は、昭和五九年四月ころ以降一貫してこれに賛成の意見、すなわち、同町に右施設を誘致することが同町の公益に合致するとの意見を有し、選挙等においてその旨の意思表示をしていることが明らかであること、しかも、被告上山町長が、工学センターの誘致によって、雇用機会の増加や人口増加等、同町の利益に資するところがあることを考慮し、工学センターの誘致が必要であると判断していること(乙二四、被告町長兼被告上山本人)に照らし、右判断は尊重されるべきであることを総合勘案すると、本件補助金交付決定の際、被告上山町長がした公益性があるとの判断には、何らの裁量権の逸脱又は濫用も認められず、本件補助金交付決定自体が地自法二三二条の二に違反するとの原告らの主張はいずれも失当である。
3 更に、原告らは、本件議決及び本件補助金交付決定は、地自法二〇四条の二に違反している旨主張する。
しかしながら、原告ら自身、議員協が法人格なき社団であることを認めている上に、議員協は、前記1、(二)、(19)や1、(三)、(1)、また、1、(四)及び1、(六)で認定したとおり、その設立以後、目的や構成員、議決機関、予算等について規約を定め、また、毎年の総会を開催して当該年度の事業計画及び予算を議決し、更に、札幌市や東京都等において、陳情活動等を行う等の組織実体を十分に備えている。
そして、本件補助金が形式的に議員協を名宛人として交付されたことは前記第二、一、3、(二)で認定のとおりであり、実質的にも、前記1、(四)及び1、(六)で認定したとおり、本件補助金を含む収入金を、総会や陳情の費用等、議員協としての活動の費用としてのみ使用しているのである。
したがって、本件補助金は、議員協という団体に対して交付されたものと言わざるを得ず、議員個人に対する支出であることを前提とする原告らの主張は失当である。
三 以上のとおり、原告が主張する本件補助金交付決定が違法であることは到底認められず、本件補助金交付決定が地自法二三二条の二に照らして適法であることは前記2(六)において説示したとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官 三浦潤 木納敏和 長野勝也)